36時間の大移動!(待ち時間10時間を含む)

  • 2010/04/08(木) 18:42:48

<現在、ネパール・ポカラにいます。ふたりともほぼ回復しました。>
*2010年4月1日〜2日の日記*


まず。
ネパール入りして早速体調を崩していた我々ですが、休養の甲斐あってすっかり良くなりました。明日からしばらくヒマラヤへ山篭り(トレッキング)してきます。順調に行けば1週間くらいで戻ってくる予定です。というわけで、しばらくブログを留守にします。


さて。
2010年4月1日、1ヶ月の長きに渡って旅をしてきたインドを離れるべく、ブッダ・ガヤーBuddha GayaからパトナーPatna、ラクソウルRaxaulという街を経由して、ネパールへ向かうことになりました。
まずはバス(60Rs、約120円)に揺られること4時間半、パトナーのどこかに辿り着きました。わらわらと集まってきたオートリクシャーのおっちゃんたちにネパールの方に行けるバスがあるところまで連れて行って!と頼むと、ニュー・バスステーションなるところへ到着(60Rs)。



バスだらけー。
ものすごい数のバスがご丁寧にも無秩序に並んでいる(ように見える)ので、1台のバスが動き出そうとするだけで、そりゃあもうクラクションの洪水でした。毎日同じ状況が繰り返されていると思うんですが、特に改善しようという気はないんでしょうね。
連れてこられたバス会社らしきところ(ほぼほったて小屋)で聞いてみると、インド-ネパール国境にあるラクソウルという街までのスリーピングバスがあるとのこと。夜走るバスなら宿代も浮くし、それは都合がいい。しかし出発は22時半。…今、12時なんですけど。
暑い中、驚異の10時間待ちです。
バスステーションの周りには安宿もありましたが、宿泊するわけでもなく休憩のためだけに金払うのもバカらしいので、もうとにかくただひたすら待ち続ける作戦を取ることにしました(←作戦でもなんでもない)。



バス会社が食堂も兼ねていたので、まずはターリーで腹ごしらえ(25Rs、約50円)。チャーイを飲んだりしながらのんびりしてみても…まだ1時間しか経ってないし。あまりの暑さに命の危険を感じ始めた我々は、バスステーションの向かいにあった食堂らしきところへ非難しました。ジュース1本で3時間ほど粘ってみましたが、持っていた本も読み切ってしまい、座っていることにすら苦痛を感じ始めたので、またバス会社の小屋の方へ移動。



あまりの暇さ加減を見かねたのか、食堂の人たちがいろいろとかまってくれました。



チャパティー作りをする少年。
彼は非常に働き者で、周りの少年たちが遊びながら仕事をしている中、ひとり黙々とチャパティーを作り続けていました。ものすごく手際がよく、片っ端からチャパティーを焼き上げていく姿を、暇なボクらは1時間近くぼけーっと見続けていました(←暇過ぎ)。



残飯のカレーをむさぼり食うウシ。
インドのウシの主食はカレーです。←うそ

そろそろ誰もかまってくれなくなったので、先ほど3時間粘った食堂で晩御飯。食い終わって時計を見ると18時半。
やっとあと4時間!…つーか、まだ4時間もあんのか。
もうさすがに行くところもすることもないので(←暗くて本も読めん)、バス会社の小屋でひたすら持ち続けます。座っている以外にしたことと言えば、タバコを吸うために立ち上がったくらいですかね。
そうやって暇を持て余していると…



KAO、またもや子供たちに大もて
普段持ち歩いている日本の千代紙で折った鶴をあげると、そりゃあもう喜んでくれて、さらに離れなくなりました。お互い拙い英語で一生懸命話そうとしているのが、見ていておもしろかったですな。

そしてついにバスに乗り込める時間がやってきました。



なぜかデコトラ風のバス。
いやぁ、長かった。オンボロバスに10時間乗るよりも、どこへも進まずに10時間の方が肉体的にも精神的にもはるかに辛かったです。
みなさんにアドバイスです。
10時間とか待たないほうがいいですよ。
死ぬほど暇ですから。

というわけで、待ちに待ったバスは定刻通り22時半にパトナーの町を出発。荷物をバスの後ろに入れることができたおかげで、寝台では足を伸ばして寝ることができました。もちろん冷房はついていないので窓を開けて寝ましたが、例によってホコリと排気ガスで真っ黒になります。


気付けば朝5時半、7時間ほどかけて国境の街ラクソウルに到着していました。
サイクルリクシャーをとっつかまえて(30Rs、約60円)、インド側のイミグレーションへ。何事もなく…とはいかず。例のビザ問題です。係員曰く、「このタイプのビザは見たことがない。上司を呼ぶので、ちょっと待ってくれ。」とのこと。
あぁ、またか…。
大使館で取得するよりも高額、しかも有効期限が1ヶ月しかないビザでわざわざ陸路の国境越えをしようとする人なんてほとんどいないんでしょうねぇ。「自分らの国が決めて始めたことなんだから、ちゃんとイミグレーションに通達しておけよ!」とは思ったものの、ここで揉めては面倒なことになりそうだし、ここは賄賂を要求されることでも有名なイミグレーション。現れた上司に対して、努めてにこやかに対応しました。一応新しいタイプのビザであることをわかってくれたものの、コピーを取っておくから待てとのこと(←通常はない)。チャーイを飲みながら、さらに待ちます。パスポートが戻ってきたところで、ようやく出国手続き開始。ふたりともなかなか真面目そうな方で、無事通過できそうだなーと安心していたら…
「1人100Rs(約200円)ね。」
「(あぁ、きたか…。)えーっと、何代?」
初めてネパールに出国する代。次回からはいらないよ。」
「(なんじゃそりゃ。)えーっと…もうちょっと安くなりませんか?2人で100Rs(約200円)じゃダメ?」
「じゃあ、2人で150Rs(約300円)。」
「細かいのない。」←本当はある
「じゃあ、100Rs(約200円)と50ネパールルピーNRs(約67円)でいいよ。」
「…わかりました。」←めんどくさくなった
というわけで、しっかりと賄賂も取られました。インド政府、何とかしろ!
イミグレーションに入ってから出るまでに、実に1時間もかかりました。1ヶ国のイミグレーションでの手続きとしては最長です。



イミグレーションの先にあるこんな橋を渡っていくと、そこは12ヶ国目ネパール
しばらく歩いていくと、イミグレーションの看板が掲げられたほったて小屋がありました。

…これ?

入ってみると係員がちゃんといたので、イミグレーションだったようです。
現在、日本国籍保持者はネパール入国に際し、ビザの取得が義務付けられています。ただネパールは空港や国境で簡単にオン・アライバル・ビザを取得することができます。ビザ申請用紙に必要事項を書き込んで40US$を支払うと、あっという間に30日間有効のマルチエントリービザ(有効期間内であれば何度でも入出国可能)
がもらえました。どの国もこの制度にしてくれればいいのに…。

イミグレーションから出てくると、そこに待っていたのは先ほどバスを降りたところからインド側のイミグレーションまで乗っけてくれたサイクルリクシャーのおっちゃんではありませんか(この国境はオープンボーダーのため、インド・ネパール国民は出入り自由らしい)。聞けば、ボクらの目指すポカラPokhara行きあるバス会社まで連れて行ってくれるとのこと。金づるを逃がすまいというその姿勢に心打たれ(←うそ)、20Rs(約40円)でそこまで乗せていってもらいました。



というわけで、旅行代理店らしきところへ到着。どうやら30分後、8時半発のポカラ行きのバスがあるらしい。バス代は560NRs(約745円)とちょっと高い…いいバスなのかもしれない。それから今のうちにと、インドルピーをネパールルピーに両替してもらいました。レートは1インドルピーが1.6ネパールルピーの固定相場制です。ただし500インドルピー札の両替には10Rs(約20円)の手数料が必要でした。公的にはインドルピーの国外への持ち出しは禁止されているのですが、基本的にはネパール国内ではインドルピーも使うことができるらしいです。ただしネパールでは500インドルピー札の偽札が横行しているため、受け取りを拒否されることが多いというあたりが、手数料が発生する原因なんでしょうな。

8時半発と聞いていたのですが、8時半を過ぎた頃に旅行代理店からジープでバスステーションらしきところまで移動。別の旅行代理店らしきところで待っていたところ、バスが来たらしく、あわただしく乗り込むと…
どう見てもローカルバスなんですけど。
騙された気がする。これで560NRs(約745円)は高いだろ。まぁ、ポカラへ向かうのは確からしいから、良しとしますか。

狭い座席に座りながら、きちっとした休憩らしい休憩もなく、ものすごい山道や川沿いの谷底を走り続けました。道中、ちょいちょい軍隊さんらしき人たちによる検問がありました。といっても、ざっと車内を見渡すだけでしたが。普通のことなのか特別な日だったのかはよくわかりません。
それにしても…ケツが痛い
またしてもホコリや排気ガスを存分に浴びながら走り続けること約9時間、ついにポカラの街に到着しました。

集まってきたタクシーの運転手と交渉してみたところ、10分か15分程度の距離のところのはずなのに、言い値は300NRs(約399円)とかなり高い。がんばって交渉しても200NRs(約266円)までしか下がりませんでした。これがネパールの標準価格なのか、旅行者だからふっかけられているのか…。新しい国に入って一番戸惑うのは、適正価格がわからないってことですかね。とりあえず今回はその値段で安宿の多いレイクサイド地区へ向かってもらいました。

宿はHotel Horizonというところにしました。エアコン無しホットシャワー付きで、ダブルベッドとシングルベッドのある広い部屋で450NRs(約599円)でした。宿代はインドに比べるとだいぶ安い感じです。ちなみに4月初めのポカラでは朝晩は肌寒いくらいなので、エアコンどころかファンも必要ないですが、ホットシャワーは無いときついです。ホットシャワーは日中ソーラーシステムで温めてストックした湯を利用しているらしく、あまり夜遅くなると水しか出ないので死ねます。加えて言えば、ポカラでは1日の半分は停電してます。
宿の話に戻ると、何よりもレセプションのおっちゃんの人柄が非常によさそうだったので、この宿に泊まることにしました。


というわけで、やっとの思いで部屋に荷物を下ろしたのは18時半頃。この移動を始めたのが前日の朝6時半だったわけですから、実に36時間かかってここまで辿り着いたことになります。10時間の待ち時間を含め、1回の移動としてはもちろん最長です。
いやぁ、疲れたわ。
朝からまともに飯を食べていなかったので、まずは晩飯。注文してから料理が出てくるまで、軽く1時間はかかりました(←後日、ネパールでは普通のことと判明)。
宿に戻ってからは疲れた体にむち打って洗濯。この移動で蓄積した汗と汚れで、そりゃあもう真っ黒でした。洗濯にいつもの1.5倍くらいの時間がかかりました。
その後シャワーを浴びても、ちっとも泡立ちゃしないし。とにかく何もかもが真っ黒けでした。
その後倒れこむようにベッドに入った我々、翌日の昼くらいまで目覚めなかったことは言うまでもありません。


こうやってなんとか新しい国ネパールまで辿り着きました。


最後に、インドを1ヶ月旅してみて。
初めはずいぶんとインドに対して悪い先入観を持った状態で旅を始めましたが、今ではふたりとももう一度旅してみたい国だと思うようになりました。良くも悪くも、非常に興味深い国の一つであることは間違いありません。というか、インドを旅するのに1ヶ月は短すぎる

[PON]

仏教の街。

  • 2010/04/05(月) 23:46:05

<現在、ネパール・ポカラにいます。トイレと決別すべく、ふたりとも療養中です。>
*2010年3月28日〜31日の日記*


気付けば7ヶ月が経過
なのに、まだネパール!
しかもネパールはのんびりするにはもってこいな雰囲気!
大丈夫か、オレら!


さて。
2010年3月28日、いろいろあったバナーラスBanarasからインド最後の目的地であるブッダ・ガヤーBuddha Gayaへと移動することになりました。
列車が朝5時発という殺人的スケジュールだったので、眠い目をこすりつつ、4時半に宿からオートリクシャー(早朝料金とやらで150Rs、約300円と高額)でバナーラス駅に向かいました。駅に着いて、まずは自分たちの列車が出るホームと予定出発時間を確認します。人だかりができているホワイトボードを覗き込むと、どうやら30分遅れの様子。あー、30分余計に寝られたのにねーなんて話しながら待っていたのですが、しばらくしてホワイトボードを見に行くと、45分遅れに変わってるし。…まぁ、だいたい予想がつくとは思いますが、見に行く度にどんどん出発予定時刻が遅れていきます。



待ちぼうけ。つーか、睡眠時間返しておくれ。
同じようにホームで待ちぼうけていた日本人たちと話しながら待つこと…3時間ちょい。やっと列車がやって来ました。まぁ、半日遅れることもあることを考えれば、かわいいもんだけど。

ちなみに列車のチケットはバナーラスの旅行代理店らしきところにお願いしたのですが、またもや満席だったため、今回もエマージェンシーチケットなるよくわからないシステムのものになってしまい、232Rs+手数料215Rsで合わせて1人447Rs(手数料高い!騙されてたのかな?)
SLクラスという冷房なしの車両だったので、全開の窓からホコリを浴びつつ列車に揺られること約4時間、ガヤーGayaという駅に到着しました。
ガヤーからブッダ・ガヤーまでは16kmほど離れているので、ボクらはオートリクシャーで行くことにしました。120Rs(約240円)で交渉で交渉成立したのですが、すごく感じのいい人だったので10Rs(約20円)多く渡しました。

着いた宿は調べた限り評判の良かったLaxmi Guest Houseバナーラスで盗難に遭った宿と同じ名前(Laxmiは神様の名前で宿としてはありがち)でちょっとイヤな感じはしましたが、まぁ、今回は大丈夫だろうということでここに泊まることにしました。エアコン無しホットシャワー付きのダブルルームで、言い値は500Rs(約1000円)だったのですが、連泊を条件に400Rs(約800円)にしてもらいました。ちょっと蚊が多かったけど、部屋は広くて清潔、窓からは子供たちの遊びまわる姿やヤギが草を食む姿などが見えて、落ち着けるところでした。宿の人もみんな押し付けがましいところがなく、非常に感じが良かったです。またオーナーさんは何度も日本に行ったことがあるらしく、非常に日本語が堪能であることも我々には助かりました。


ブッダ・ガヤーは名前からも何となく想像つくかもしれませんが、ヒンドゥー大国インドの中にありながら、全世界仏教徒にとって最も重要な聖地です。スィッダールタはこの地で覚りを開き覚者、すなわちブッダになったのです。その地に建てられたマハーボディー寺院(大菩提寺)は世界遺産に登録されています。ボクらにとっては24個目の世界遺産です。
3月29日は朝からそのマハーボディー寺院を見に行ってみました。こじんまりとしたこの街自体が寺院中心に造られているようなものなので、寺院までも歩いて10分くらいです(ちなみに街の端まで歩いても20分程度)。今まで訪れたインドの世界遺産の入場料は例外なく250Rs(約500円)だったのですが、カメラ持ち込み料20Rs(約40円)と靴を預ける際の心づけ1Rs(約2円)を除けば、なんと無料!仏教万歳!



マハーボディー寺院です。
ちょっと見づらいですが、寺院の手前に鳥居のようなものがあるのがおわかりになるでしょうか。トーラナといって、語源・形態ともにまさに日本の鳥居の起源にあたるそうです。



ブッダ満載のストゥーパ(塔)。よーくみると…



小ブッダがいっぱい。



寺院の周りにはタイやチベットをはじめ、本当にたくさんの国の方々が瞑想したりお参りしたりしていました。



熱心に念仏を唱えている欧米人の姿もよく見かけました。



これは腕立て伏せをしてるところではなく、立ち上がっては地に体を投げ出すということを繰り返す五体投地というお祈りの仕方だと思います。チベット流だったかな?



寺院の裏にあるこの木の下でゴータマ・スィッダールタは49日間の瞑想に入り、悟りを得てブッダになったのだそうです。というか、正確には現在の木はその木の直接の末裔なんだとか。木の下にはブッダの座した場所を示す金剛座があり、その周囲にもたくさんの参拝者がいらっしゃいました。



悟り、開き中。

以上、マハーボディー寺院でした。


このブッダ・ガヤーには4泊もしたのですが、寺院見学以外に何をしていたかというと…徹底的にのんびり過ごしていました。元々のんびりするにはいいところだと聞いており、1ヶ月間インド人たちと戦ってきた傷を癒し、万全の態勢で次の国へ向かうべく、のーんびりするつもりでこの街へとやってきたわけです。というわけで、やったことと言えば、日記を書いたり、本読んだり、散歩したり、昼寝したり…といったところです。実際に街を歩いてみると、どこへ行っても袈裟を来た仏教徒の方々がいらっしゃるせいか(この街にはチベットや中国、タイ、ミャンマー、ベトナム、ブータンなど各国の僧院がある。もちろん日本の寺もある。)、街全体が非常に落ち着いた雰囲気でした。今までどこの街へ行っても、インド人満載!すごい圧迫感!というところがほとんどだったのですが(それがおもしろくもあり煩わしくもある)、そんな中でこの街の雰囲気はちょっと異質でした。自称ガイドの人たちでさえ押し付けがましくなく、街全体が穏やかでのどかで…。これが仏教のなせる業なんだろうか。まぁ、ボクらが有名な観光地ばかり廻っていたせいもあるとは思いますがね。


街で出会ったもののご紹介。



ラッシー屋のおっちゃん。木の棒の先に羽根のようなものが付いていて、これでぐるぐるゴリゴリやることによってなめらかーになるのです。



スパイスたっぷりのマサラ・ティー



団子状にしたものを総称してコーフターKoftaといいます。ポテトチーズコーフターやパニールコーフターの入ったカレーを食べてみましたが、めちゃくちゃ美味いです。ちなみにパニールPaneerとは白くて柔らかい、あっさり味のチーズです。これにはまりました。



この街の食堂にはなぜかネパール料理やチベット料理が豊富です。ネパールで散々出てくることになるかと思いますが、予習の意味で。トゥクパThukpaという麺料理です。ちょっとだけ和を感じる風味があります。野菜たっぷりで美味い。



KAO、子供たちに大もて。折り鶴をあげてみたところ、意外と反応薄。


以上、ブッダ・ガヤーでしたー。

[PON]

ふたりのMeguさんに出会いました。

  • 2010/04/04(日) 19:07:44

<現在、ネパール・ポカラにいます。
 ネパールに着いて、早速ふたり仲良く腹壊しました。またまた休養中です。>
*2010年3月26日〜27日の日記*


旅始まって以来の盗難事件に遭遇したバナーラスBanarasですが、悪いことばかりがあったわけではありません。インド人男性とご結婚されてバナーラスに住んでいらっしゃる、ふたりの素敵な日本人女性に出会いました。


まずは1人目のMeguさんです。
バナーラスの一角に『ソナの何でも屋』という看板を掲げた店があります。雑貨や飲み物などはもちろんのこと、日本製の正露丸やらポカリスウェットやら綿棒やらが取り揃えてあります。また日本語の小説やらマンガやらもすごい量あるので、いつ覗いても店内には暇を持て余した日本人が何人か居座っていました。インド人男性である店主のソナさんは日本語がぺらぺら。基本的には商売抜きでなんでも相談に乗ってくれるので、ボクらをはじめ、彼を頼りにやってくる日本人は後を絶たない様子でした。
で、その相方さんがMeguさん。彼女は日本の美容師の免許を持っていらっしゃるのです。KAOの髪はいつもボクがバリカンでなんとなーく整えている程度なので、旅を始めて以来ちゃんとした人に切ってもらうのは実に7ヶ月以上ぶりということになります。



いやー、さすがはプロ。ボクより手際がいい(←当たり前)。自前のはさみセットを使って、20分ほどでカット終了。しかもボクより上手い(←当たり前)。お見事でございます。
とても感じのいい方で、カットしてもらっている間はインド人男性と結婚してこっちに住むようになった経緯だとか、インド裏話(というか半分愚痴?)なんかを聞くことができました。インドはいまだに男尊女卑の傾向が強いことだとか、女性が働くことを良しとしない風潮があるため、ヘアカットの仕事をソナさんの両親には内緒にしていることだとか、在インド日本人ならではの苦労話なんかを興味深く聞かせてもらいました。でも一番印象に残ったのは「インドに来てから、この仕事がもっと好きになった。」という言葉でした。特に女性の長期旅行者が海外で髪を切ることというのは、実際かなり勇気のいることだと思います。そんな時に日本人の美容師の存在というものは、非常に心強いことなんじゃないでしょうか。ちなみにヘアカットは400Rs(約800円)でした。


バナーラスで出会ったもうひとりの日本人女性は、こちらもMeguさんです(さっきのMeguさんとは別人)。
彼女は我々の、特にKAOの命の恩人だといっても過言ではありません。既にご存知の通り、我々は派手に体調を崩し、ボクの方はだいぶ普通に飯が食えるようになっていたのですが、KAOの方が既に1週間くらいまともに飯を食えていない状態でした。インド料理はもちろん受け付けず、フライドライスやチョーメン(焼きそばみたいなもの)すらちょっと手を付けるだけ、なんて日々が続いていたのですが…。
バナーラスの一角に『MEGU CAFE』という日本食レストランがあります。ここのオーナー兼シェフがMeguさんです。バナーラス出身の相方さんとご結婚されて、おふたりで経営されているようです。ガイドブックでこの店を見つけた我々は早速行ってみることにしました。



味噌汁!!
これです。
この味噌汁でKAOが命を吹き返したといっても過言ではありません(←若干過言かも)。インドだけではなく各国に日本食を出す店は数多くありますが、作っている人が日本人かどうかでやっぱり味は違います。外国の方が作った日本食だと、美味しいけどなんかちょっと違うってことはよくあります。しかし!この味噌汁が本当に美味かったんですわ。野菜や肉といった食材は地元のものを使っているものの、味噌や昆布といった調味料系は日本から持ってきたものを使っているとか。美味いはずだわ。この味噌汁をきっかけに、KAOは他の食事ももりもり食べられるようになりました。
味噌汁だけでなく他の料理も美味い!



親子どーん!
この卵のふわふわはなかなかお目にかかれません。さすが、わかってらっしゃる!インドだけではありませんが、卵料理を頼むとたいていそぼろみたいにぽろぽろになったものが出てきてしまいます。



かき揚げ丼としょうが焼き丼(豚肉がないので鶏肉)
このかき揚げ丼、めちゃ美味です。ボリュームも満点だし。2日で3回食っちゃいました。いやぁ、タレのしみたご飯って美味いなー。
その他にもチキンカツ丼やかき揚げそばなんかも食べましたが、どれもこれも美味い。毎食通ったので、最後にはほうれん草のナムルをサービスしてもらいましたが、これも美味い。ボクらは食べていませんが、メニューにはビビンパ丼とかだし巻き卵とかき揚げの手巻き寿司なんてものもありました。



(ウシと共に。)
こじんまりとはしていましたが、清潔でセンスのある店でした。日本人はもちろんのこと、韓国人や欧米人なんかで店はいつも賑わっていました。客足が途絶えた時にMeguさんとちょっと話をすることができたのですが、彼女も非常に感じのいい方で、(もちろん苦労はあると思いますが)楽しんで店をやっているんじゃないかなーという印象を受けました。

特に体調を崩した時なんかは、食って本当に大切だなーと痛感させられました。さすがにあんまりカレーとか食べたくなくなるもの。ちなみに(ちょっと記憶が曖昧ですが)味噌汁35Rs(約70円)、丼物などの料理は70〜90Rs(約140〜180円)くらいでした。ローカル食堂に比べるとやはりちょっと高めで、普段ならわざわざ海外まで来て高い金払って日本食を食べようなどとは考えない我々でしたが、この時ばかりは本当に助かりました。


バナーラスで暮らすふたりの日本人女性Meguさん。彼女たちのおかげで、気分的にはやなこと(盗難事件)も帳消しになりました。
本当にありがとう!

[PON]

やーらーれーたー。

  • 2010/04/03(土) 18:54:35

<現在、ネパール・ポカラにいます。ふたりとも健康です。>
*2010年3月26日〜27日の日記*

事件です!

ボクらはLaxmi Guest Houseというところに宿泊しており、初日は600Rs(約1200円)の高い部屋しか空いていなかったのですが、翌日は350Rs(約700円)の部屋に移動しました。大きな違いは部屋の広さと窓からガンガーが見えるかどうかってところです。
部屋を移動した、そのバナーラスBanaras滞在2日目のことです。

朝飯を食ったり買い物をしたりして宿に帰ってくると、宿のスタッフの1人がボクらを呼び止め、ボクらの部屋の前まで着いてくるように言われました。どうかしたのかなーと思って行ってみると、鍵がおかしなことに。このホテルの部屋の鍵は南京錠なのですが、その南京錠が本来の位置ではなくドアの取っ手にかかっているではありませんか。南京錠自体はきちっと閉まっているのですが、取っ手にかかっているだけなので、もちろん全く鍵の役割を果たしていません。ホテルのスタッフは「これじゃあ鍵かけてないのと一緒だ。泥棒に入られないようにちゃんとしたほうがいいよ。」と教えてくれました。その場では「あぁ、ありがとう」とは言ったものの…

待て待て待て待て。
そんな間違いするかぁ?
というか、そんなところに鍵引っ掛けて閉めようとしたら、ボクかKAOのどっちかが突っ込むだろー。
しかし人間のやること絶対はないし…。
うーむ。

もしかして部屋に入られた可能性もあると思って、ざっと荷物を確認したところ、特になくなっているものはなさそう。半信半疑ではありましたがこの時は、自分らのミスかもしれないし、今後気をつけようということで、話は終わりました。


そして翌朝。
ガンガーの日の出を見に行こうと思って、早朝に宿を出ました。この時、昨日のことがあってちょっと気になったので、宿の南京錠ではなく、自分たちの持っているダイヤル式の南京錠をかけて出かけることにしました。下に下りてみると、宿の入り口のシャッターが閉まっていたので、レセプションの前で寝ていた宿のスタッフを起こして開けてもらいました。

そしてガンガーの日の出を見て清々しい気分で部屋に戻ってくると…



鍵が壊されてる。
およよ。
ボクが手で全力で引っ張っても開くような代物ではないので、道具か何かを使ったんでしょう。ダイヤルもぶっ壊れて、回らなくなってるし。
部屋に入って荷物を確認してみると…
あ、電子手帳がない。

やーらーれーたー。

この時のKAOの話では、実は既に前日の午後にはなかったとのこと。前日の午後、ボクがネット屋に行っている間に電子手帳を使おうと思って、いつも仕舞ってあるボクのリュックの中を探した時には電子手帳はなく、てっきりボクが別の場所に仕舞っておいたのだと思っていたそうです。しかしボクは別の場所に仕舞った記憶もなければ、リュックから出した記憶もない。この街に移動してくる時は確かにあった。つまり…前日になくなったとしか考えられません。そしてその前日とは、あの鍵が開いていた時に他なりません。今考えても、さすがにあんなミスするとは考えにくい。
つまり…盗まれたのでしょう
うーむ。

この部屋にボクらが泊まっているのを知っているのは宿のスタッフしかいないこと(他の宿泊者はボクらが部屋に出入りするのを一度も見ていないはず)、前日取っ手にかかっていた鍵がきちんと閉まっていたこと(つまり壊したのではなく、スペアキーで開けてまた閉めた可能性が高い)、そして何より早朝に出かけた時は宿のスタッフ以外の人間とは顔をあわせていないこと(つまりそんな早朝に出かけたことを知っている人間はスタッフ以外に考えにくい)から考え合わせると、スタッフが犯人である可能性が非常に高い

さて、どうしたものか。

ふたりで話し合った結果、既にもう1泊分の宿代は払っているが、その金を返してもらってすぐに宿を代えること、それから事の顛末を宿の人に話し責任を追及すること、さらには携行品保険(海外旅行時の携行品の盗難や損壊時に保険金が支払われる)の支払いの手続きのために、警察に盗難証明書を発行してもらうことなどを決めました。
さぁ、果たしてボクの英語力でどこまで実現するのでしょう…。

というわけで、証拠品の鍵を持ってレセプションへとのり込みました。できる限りの英語で事の成り行きを宿のオーナーとマネージャーに話しました。途中から前日ボクらに施錠の不備を告げたスタッフも加わって話をしていたところ、最初はボクらのミスだという感じでしたが、かなりの力で壊されたと思われるダイヤル式の南京錠を見てからは、少なくとも誰かが故意に部屋に入った(もしくは入ろうとした)ことは認めざるを得なくなったようでした。宿のスタッフの誰かに違いないというボクの主張自体は、前日の鍵の問題がちゃんと閉めた閉めないの水掛け論になってしまい、結局は認めてもらえなかったものの、一緒に警察に行って証明書を発行してもらうというところまではなんとか話を持っていくことができました。加えてボクらの心情も察してくれたようで、宿の変更と返金もきちんと認めてもらうことができ、最後には「I'm sorry.」という言葉まで引き出すことができました。

街なかでの会話の最中に高価な電子辞書を取り出すなんてことは危なくてできないので、正直なところ最近電子辞書はほとんど使っていませんでした。もちろん盗まれたことは実に腹立たしいことですし、確かに5万円近くもしたので痛いことは痛いですが、どうやら向こうも盗難が起きたこと自体には責任を感じているようですし、保険で一部だけでもそれが金で帰ってくるなら、まぁよしとするかなー、なんて話をしていたのです、


その日の夕方、宿のマネージャーと一緒に警察へ行きました。なにやら書類に警察の判子を押してもらい、外へ出た時のことです。
「本当は盗まれたんじゃなくて、なくしただけなんだろ?ウソついてんだろ?」
ここまでのやりとりはかなり冷静に(というか、不慣れな英語でゆっくり話さざるを得なかっただけとも言う)やってきたつもりでしたが、さすがに頭にきて路上で言い合いになってしまいました。

ふざけるなー!

しかももらった書類を後でよくよく読んでみれば、「盗まれた」という記述は一切なく、「なくした」という表現になっていました。あぁ、その場で解読できなかった自分の英語力が恨めしい。警察の窓口でマネージャーが警官になにやら金を握らせているのを見たのですが、その時はすぐに発行してもらえるよう便宜を図ってもらっているのかと思っていたのですが、今思えば適当に言いくるめて適当に判子を押させていたんでしょう。宿側も非を認めているようだし、と警察との交渉をマネージャーに任せてしまった自分がバカでした。現場検証もなく、正式な盗難証明書が発行されるわけないもんなー。
これでちゃんと保険金下りるんだろうか。一応警察の判子はあるし、日付も入っているし、なくなった品物も明記してあるし。というか、簡単に自分で書き足せそうな感じなので、適当に書いてダメ元で壊れた鍵と共に保険会社に提出してみることにします。
それで何とかなるかな?

ところでこれって、帰国後に申請すればいいんですかね?証券を読んだところ帰国後でよさそうなんですが、1年以上先のことなんですけど…。
誰か知ってますか?


ちなみに移った宿はFriend's Guest Houseというところです。エアコン無しホットシャワー付きのダブルルーム(というかベッド自体は4人くらい寝られそうなほどでかい)で350Rs(約700円)でした。部屋は非常に広く、古くても清潔な感じでした。家族経営の宿だったのですが、みんなすごく親切で、すごくくつろげる宿でした。
泥棒もいないですしね(笑)。←笑い事じゃない

前回の日記にも書きましたが、バナーラスに着いて最初に泊まろうと思っていた宿がこのFriend's Guest Houseだったのですが、その時はあいにく満室で、それでここのオーナーに紹介してもらったのが先ほどのLaxmi Guest Houseでした。そんな経緯があったので、この宿に移ってきた訳をオーナーに話したところ、責任を感じてしまったようで、なんだか申し訳ないことをしてしまいました。
とにかくいい宿で、お勧めです。


確かに最近、セキュリティーに対しては気が緩んでいました。旅を始めた頃は、部屋を出る時でも荷物に鍵をかけたりしていたけど、最近では出しっぱなしのほったらかしってことが多かったですからね。
気を引き締め直せば。
旅の続行の障害になるような出来事ではなかったし、こんなことに腹を立てている時間や労力がもったいないので、済んでしまったことはきっぱりあきらめて、また旅を楽しむことにしようと思います。

ちなみにLaxmi Guest Houseのマネージャーには、このことは誰にも言わないようにと釘を刺されましたが、腹立たしかったので、とりあえず会った日本人には言いまくっておきました。後で聞いた話だと、以前からこのホテルでは盗難の噂があったそうです。後から来る旅人たちのためにも、『地球の歩き方』あたりに投稿しておきますかね。


いやー、まいったまいった。
旅をしてると、っていうかインドではいろいろあるなー(軟禁とか腹壊したりとか盗難とか)。
それにしても盗まれたのがノートPCとかバックアップ用の外付けハードじゃなくてよかった。金よりも物よりも、今まで撮った写真が全部なくなるのが一番痛い。

ところで、なんでPCじゃなくて電子手帳だったんだ?

[PON]

聖なる河。

  • 2010/03/30(火) 20:44:07

<現在、インド・ブッダ・ガヤーにいます。ふたりとも健康です。>
*2010年3月24日〜27日の日記*


体調不良のため、期せずして1週間もい続けてしまったアーグラーAgraから、バナーラス
Banarasへと移動することにしました。
バナーラスは他にもベナレス、バナラシ、ヴァラナシなどといくつかの言い方がありますが、
独立後の正式名はヴァーラーナスィーVaranasiだそうです。

2010年3月24日、3度取り直した列車のチケットをやっと使う日が来ました。
予約しようと思った時には既に満席だったため、エマージェンシーチケット(よく仕組みは
わからないが、手数料を多く払えば割り込みできるチケットっぽい)にしたり、別の駅から
乗るようなチケットにしたりと、いろいろと手を回してもらったため、チケット代888Rs+
手数料200Rs(約2176円)と高くついてしまいました。
おまけに前2回分のチケットも直前でキャンセルだったため、金もほとんど手元に残らず、
ずいぶんと高い移動費になってしまいましたが、まぁ、こればっかりは仕方がありません。

21:15発の列車だったので、20時過ぎにお世話になったHotel Sakuraを出発。
パプーさんは信用のできそうなオートリクシャーのおっちゃんと60Rs(約120円)で
駅まで行けるように話をつけてくれました。
宿のスタッフには本当に最後までお世話になりました。

向かった先はアーグラー・フォート駅
オートリクシャーで20分くらいのところです。

列車大国インド。
国内をくまなく線路がつないでいますが、ボクらはほとんどバスを利用してきたので、
初の列車による長距離移動となります(混み混みの自由席に乗ったのは除く)。

駅に着くと、ホームの内外問わず、列車待ちと思われるインド人がいたるところに
シーツや新聞を敷いて寝転がっています。
というのも、インドの列車は遅れるのが基本
2時間3時間は当たり前、すごいのだと12時間遅れなんて話も聞きました(昼発の列車が
ホームに到着したのは真夜中だったとか)。
よって駅は列車待ちの人であふれかえるわけです。

というわけでまずはホームと出発予定時刻の確認。
アーグラー・フォート駅は比較的大きな駅だったので、入り口付近に大きな電光掲示板が
ありました(小さな駅だとホワイトボードだったり紙だったり)。
この時点では30分遅れでしたが、最終的には1時間遅れとなりました。
まぁ、かわいいもんです。

周囲のあわただしさから判断するに、そろそろ列車が来そうだとなったら、荷物を背負って
動ける準備をします。
というのも。
インドの長距離列車は軽く20両はあり、それに合わせてホームもバカみたいに長い
電光掲示板によって、ある程度自分の乗る車両がどの辺に来るのか予想はできるものの、
実際着いてみるとだいぶずれているなんてこともあるので、周りの人に聞きながら
車両を探し回る必要があるのです。
実際ボクらが乗る列車が到着した時も、5両分くらいずれていて、だいぶ歩く羽目になりました。

ボクらが乗る車両のクラスは3A(A/C 3-Tier Sleeper)といって、エアコン付きの3段寝台です。



こんな感じ。
これは日中に撮った写真ですが、夜は下段の席の背もたれを上から吊り下げて、3段の
ベッド(というか寝棚)ができあがります。
自分の席を見つけたら、荷物を下段のベッドの下に潜り込ませ、チェーンロックをかけます。
ボクらは最上段だったのですが、きちっとした梯子らしい梯子はないので、既に人が寝ている
ベッドを踏み台にして上がりました。



ベッドには枕、シーツ、毛布がついており、エアコン付きの車両でも快適に寝られました。
(ちなみにKAOは夜中に再発熱して、大変だったらしい。)
上段でしたが、思ったより揺れも少なかったです。

ちなみにセキュリティー上、最上段が一番安全だと思います。
また下2段は朝になると座席になってしまいますが、最上段だけはそのまま寝ていられるので、
上り下りの手間を除けば、最上段を予約するのが最適だと思います。

ちなみにチャーイや弁当(ターリーとか)、お菓子や果物なんかの車内販売もありました。


結局2時間遅れくらいでバナーラスの駅に到着。
駅から宿まではプリペイド・オートリクシャーで65Rs…のはずだったのですが、とりあえず
見るだけとか言われて、おっちゃんお勧めの日本人オーナーの宿に連れて行かれるも、
値段折り合わず。
自分らの行きたい宿へ連れて行けと言っても、また別の宿へ連れて行かれる始末。
仕舞いには、そこへはオートリクシャーは入れないから行けないと言い出すので(実際は
すぐ近くまでは行けたっぽい)、もういい!と怒って、歩いて行くことにしました。
…が。
思ったよりも遠くて、ものすごい炎天下の中、思い荷物を背負って20分以上歩くことに
なってしまいました。
もう汗だくです。
病み上がりのKAOにはそうとう辛い思いをさせてしまいました。
ごめんよ。

そんなこんなでやっと辿り着いたお目当てのFriend's Guest Houseは…
満室。
うぅ…ついてない。
そこで紹介されたのがLuxmi Guest House
『地球の歩き方』でも評判よさそうだったので、そちらに行ってみることにしました。
この日はエアコン無しホットシャワー付きのダブルルームで600Rs(約1200円)と
高い部屋しか空いていなかったのですが、翌日安い部屋に移るという条件で交渉成立。
部屋自体は広く清潔で、窓からの眺めもよかったです。

…しかーし。
この宿の選択が、後日大変なことに
詳しくは次回(もしくはその次)の日記で。


部屋でひと休みした後、腹が減ったので屋上のレストランに行ってみました。



意外とこのEgg Zosui(たまご雑炊)が美味い。
そして…



おぉ、ガンガーだ…。
ボクらはこのガンジス河(インドではガンガーと呼ばれている)を見るために、ここまで
やってきたのです。

インドではこの河そのものが神格化された女神として崇められています。
そしてここバナーラスは3000年以上の歴史を持つヒンドゥー教最大の聖地、シヴァ神の
聖都なのです。
ヒンドゥーの信仰によれば、ガンガーの聖なる水で沐浴すれば、全ての罪は浄められ、
ここで死に、遺灰がガンガーに流されれば、輪廻からの解脱を得るといいます。
これはヒンドゥー教徒にとって最高の幸福なのだそうです。
この街に年間100万人を超える巡礼者が訪れ、その中にはここで死ぬのを目的にしている人
さえいるのはこのためです。


というわけで、ボクらはこの街で何をするというわけでもなく、暑い昼間は避けて、
早朝と夕方にただひたすらガンガーを眺めて過ごしてみました。


とある夕方。



沐浴をする人々。
このような沐浴場のことをガートといいますが、ここバナーラスではガンガー沿いに
果てしなくガートが並んでいます。
ちなみに沐浴というと、水に浸かってお祈りして…といったおとなしいイメージだったのですが、
みなさんかなりアクティヴでして(特に夕方)。
ばっしゃんばっしゃん泳いでいらっしゃいました。
リアル・ガンジス河でバタフライおじいちゃんとかもいました。
河に入る前に、これでもかと準備運動している方もいましたし。
いまいち沐浴と水泳の区別がつきません。



聖者のお化粧タイム。



かなりコミカルなシヴァ神(?)。



じいちゃん、夕暮れのガンガー見て何を想う。



ウシもガンガー見て何を想う。←たぶんエサのこと



川の流れに身をまかせ。
一瞬死体かと思ってどきりとしましたが、この後元気に上流へ向かって泳いでいきました。
ちなみに子供と出家遊行者は荼毘に付されず、重石をつけて河の深みに沈められるのだ
そうです。


とある夜。
ガート付近、ずいぶん物々しい警備だなーと思っていたら…



ハラハラ・マハーディーさんです。
えーっと、誰だか知りませんし、この集団のどの人かもわかりません。
ただ、スピーカーから「ハラハラ・マハーディー!」が連呼されたと思ったら、周囲のインド人の
歓声と共に、大勢の警官に警備された人が、わざわざ敷かれた絨毯の上を歩いて登場したので、
ものすごく偉い人であることだけは間違いなさそうです。
誰なんですかね。
知ったこっちゃないですね。


とある早朝。



日の出前から多くの人が沐浴に来ていました。
朝は比較的みんなおとなしい感じです。



ガンガーに身を浸しながら祈りをささげる人。



どこからともなく楽器を鳴らし、祈りの歌(?)を歌いながらやって来た人々。
ひとしきり演奏(?)が終わると、最後にガンガーに祈りをささげ、みんな満足げに
帰って行きました。



ガンガーの日の出。



特に信仰心とか持ち合わせていなくても、神聖な雰囲気に包まれるのを感じました。
ガンガーの日の出は素晴らしい。



ちょっと不思議なじいちゃんに会いました。
聖者なのかただのじいちゃんなのかよくわかりませんが…まぁ、ただのじじいだな。
少し危ない感じでしたが、特に危害を加えてくるでもなく。
チャーイやタバコを分けてあげたら…



お礼を言って、去っていきました。
何となく憎めない感じの、かわいらしいじいちゃんでした。

[PON]