One Night Carnival。

  • 2010/10/24(日) 21:31:50

<現在、エジプト・ダハブにいます。ふたりとも健康です。>
*2010年8月22日の日記*


やっと明日、ダハブを脱出します。
居心地が良すぎて、猛烈に離れがたい。
明後日の朝にはカイロ入りします。



というわけで。
ロドス島にやって来ました。
出航が遅れたため到着も遅れ、時刻は5:00前。
とりあえずはフェリーターミナルかなんかで仮眠でも取ろうかなーと思っていたのですが…
それらしき建物、一切なし。
適当な場所を求めてうろうろしてみたのですが、なにせバックパックを背負っているのでそのうち疲れてしまい、結局道ばたでボーっとしながら明るくなるのを待つことになりました。


夜明け前。

早朝にロドス島に着いたわけですが、そのままロドス島を観光して、その日のうちにフェリーでトルコに渡ることにしました(つまり0泊)。
国際線の到着するフェリーターミナルが開くのを待って、まずはチケットの購入。
16:30発トルコ・マルマリス行きで1人50ユーロ(ギリシャの出国税が含まれていたはず)。
高いなー。
ロドス島を歩き回るのにバックパックは邪魔なので、どこかで預かってくれないかなーと思っていたところ、チケット売り場で無料で保管してもらうことができました。
ありがたや。


さて、散策に出ることにしましょうか。
ロドスといえばロードス島戦記あたりを思い出してわくわくしますが、実際は何の関係もありません。
この島はギリシャでも屈指の観光地なんだそうな。
ボクらがいるのはロドス島の北端に位置するロドス・シティ、ロドス島の中心地であると同時に一大リゾートゾーンでもあります。
さらにロドス・シティの半分を占める旧市街は『ロードスの中世都市』として世界遺産に登録されています。
ボクらにとって48個目の世界遺産になります。


というわけで、旧市街に潜入。
旧市街はぐるりと城壁で囲まれており、数ヶ所に門が設けられています。


中世の街並みの中をてくてく。


イポトン通り、別名騎士団通りです。
中世の騎士たちが鎧をガチャガチャいわせながら歩いているところが目に浮かぶようです。
この道を真っすぐ上っていった先に騎士団長の宮殿があります。


壁に刻まれた紋章。


で、これが氣志團長の…騎士団長の宮殿です。
宮殿とはいうものの、大砲が備え付けられていたり地下に食糧倉庫があったりして、実際は砦としての役割を果たしていたそうです。


ムッソリーニがこの宮殿を別荘にしていたこともあったそうな。


内部はこんな感じ。
鎧着て階段上るのって大変だろうな…などと、要らぬ心配。


ゼウスが雷を持っている、ラオコーン像です。
美しい。


どう見ても、天使がマリア様にチョップ食らわそうとしてるところにしか見えないんですけど。


あちこちの床にこのような美しいモザイクがありました。


こういう紋章に心惹かれる。
かっちょいい。

以上、綾小路…騎士団長の宮殿でした。←しつこい


曲がりくねった石の小道、オミロウ通りを歩く。


おみやげ屋さんをのぞく。


待ちぼうけ(トイレ待ち)。


旧市街を出て、マンドラキ港の方へてくてく。


一番奥に見えるのはセント・ニコラス要塞。
左側には世界中からやって来たクルーザーやヨットが所狭しと泊まっていました。


きれいな海ですなぁ。


港の入り口をはさんで、2頭のシカの像があります。
シカはロドス・シティのシンボルなんだそうな。
ちなみに古代世界七不思議の一つ「ロードス島の巨像」はここにあったんだそうです。
全長34m、台座まで含めると約50mもあったといわれています。
今は跡形もないですが。
詳しく知りたい方はWikipediaかなにかをどうぞ。


不思議な形のプレジャーボート。


というわけで、ロドス島散策終了。


フェリーターミナルで一休みした後、フェリーに乗り込みます。
向かうはマルマリスという街、この旅で3回目のトルコになりますな。
物価が高くてあまり美味いものを食べられなかったギリシャとの日々ともお別れです。
いざ、トルコ(料理)!

[PON]

迷宮探検。

  • 2010/10/23(土) 23:02:49

<現在、エジプト・ダハブにいます。ふたりとも健康です。>
*2010年8月18日〜21日の日記*


さて、サントリーニ島を離れ、次なる島クレタ島を目指すことにしましょうか。

まずは朝ご飯。
例の24時間営業のパン屋さんで、衝撃的なパンに出会いました。


(食べかけ。)
店の一角になぜかつぶれたクロワッサンがたくさん並んでいました。
つぶれてはいますが、チョコレートがはさんであって美味しそうだなーと思ったので、これをチョイス。
で、食べてみると…げ、激甘
たっぷりのチョコレートをはさんだ大きなクロワッサンを、どっぷりとシロップに漬けたものでした。
噛むと、滴るほどの。
シロップに漬け込んだので、ぺしゃんこにつぶれていたんですな。
生涯今まで食ったものの中で、一番甘かったかも。
朝からテンションががた落ちするくらいの甘さでした。
お試しあれ。


ボクらの乗るフェリーと同じくらいの時間に出るフェリーでアテネへ向かうシンジくんと一緒に、昼前には宿からバスに乗ってフェリーターミナルへ。
フェリーが出るのは夕方だったのですが、宿にいても暑いだけなので、涼しいウェイティングルームのあるフェリーターミナルで…
と思っていたのですが、ウェイティングルームは次に出るフェリーの乗客しか入れなかったので、一応日影ではあったものの、かなり暑いところで6時間くらい待つはめになってしまいました。


フェリーが着くたびに、こんな感じで大騒ぎになります。
大勢の客と出迎えの人と客引きの人とで、もうごっちゃごちゃ。


サントリーニとアテネを結ぶフェリーはこんな感じです。
でかいです。
ちなみにボクらの乗った、サントリーニ島とクレタ島を結ぶスピードボートは…撮り忘れました。

シンジくんを見送った後、ボクらもフェリーに乗り込みました。
結局1時間遅れで出航。
今回は日程的にスピードボートしかなかったので、ちゃんとした座席でした。
1人47.5ユーロ(約5225円)。
高いー。

で、1時間遅れの20時にクレタ島イラクリオンに到着。
さらにそこからバスで東へ1時間半ほど行ったところにあるアギオス・ニコラウスへ移動。
着いたバスターミナルから歩いて10分くらいのところにある、予約していた宿Regina Hostelに辿り着いたのは23時を回っていました。
いやはや、疲れた。

すると、宿に着くなりオーナーらしきおばちゃんが
「遅かったわねぇ。心配したのよ。ところであなた方は英語が話せるの?」
「(質問の意図がわからず)…は?」
どういうことかというと、この宿はホテル予約サイトを通じて予約を入れていたのですが、その際だいたいの予定到着時刻を入力していました。
それが宿の方に伝わっていたのですが、実際はその時刻よりも2時間ほど遅れてしまったため、心配して電話をかけたのだそうです。
ところがボクらが予約の際入力していたのは、ボクの実家の電話番号
つまり宿の人は到着の遅い客のために、わざわざ日本まで国際電話をかけてくれたわけです。
ところが電話に出たのは当然うちの家族。
日本時間で早朝にかかってきた電話に出てみたところ、相手は英語で話しかけてくる。
で、当たり前のように会話などかみ合うはずもなく。
お互い「???」という状態で通話が終了したものと思われます。
宿の人は電話をかけた相手が誰だかわからないので、全く英語を話せない人が客としてくるかもしれないと思ったのでしょうね。
双方にご迷惑をお掛けしました。
スイマセン。


部屋はこんな感じ。
かなり素敵な感じの部屋でした。
エアコン付き、ホットシャワー・トイレ付きのダブルルームで1泊1部屋30ユーロ(約3300円)。
今この日記を物価の安いエジプトで書いているのでびっくりするほど高いように感じてしまいますが(今は1泊1部屋600円くらい)、あの時期としてはかなり手頃な値段だったはずです。


プライベートキッチンや冷蔵庫があったのが、かなりポイント高いですな。


さて、翌日。
この日は周辺の散策くらいにして、のんびり過ごすことにしました。


クレタ島のアギオス・ニコラウスはちょっとした高級リゾート地らしいです。


おしゃれなカフェやおみやげ屋さんなどが並んだストリート。


海沿いの道をちょっとお散歩。
ちなみにクレタ島は兵庫県とほぼ同じ大きさを持つ、エーゲ海最大の島です。


きれいな海ですなぁ〜。


朝ご飯。
サンドイッチとアイスカフェオレ。

昼間は例によって非常に暑く、おまけにこの島は湿気も高かったので、エアコンの効いた涼しい部屋でのんびりしました。


せっかくキッチンが付いているので、夕ご飯は自炊。
この日はナスのトマトパスタとトマトサラダ。
ま、トマト切ってマヨネーズかけただけだけど。


翌日。
この日はちょっと遠出。
ボクらがはるばるクレタ島にまでやって来た理由である、クノッソス宮殿跡を見に行くためです(ちなみにこの島へ来たもう一つの理由はねじまき鳥)。

アギオス・ニコラウスからイラクリオンまでバスで1時間半、そこからさらにバスで30分ほどでクノッソスに到着します。


これは…元々ギリシャの国旗であったと思われるのですが…。
なんでこんな惨めな姿に。

クレタ島はギリシャ文明発祥の地とされています。
紀元前3000年頃には既に文明が起こり、紀元前18世紀〜紀元前15世紀に当時世界最高水準であったといわれるクレタ(ミノア)文明は最盛期を迎えます。
当時の主要都市の一つ、クノッソスにあった宮殿跡を見にやって来たわけです。

クノッソス宮殿という名前でピンとくる方もいるでしょう。
ギリシャ神話によると、クレタ島のミノス王が、一度入ったら二度と出ることのできない迷宮を建てて、ミノタウロスという牛頭人身の怪物を閉じ込めていた、と伝えられています。
これは長い間、単なる神話あるいは物語とされていました。
しかし1900年に始められたイギリスの考古学者による発掘によって、それが実在していた宮殿であったことが判明しました。
それがクノッソス宮殿跡です(牛頭人身のあたりは作り話だと思いますが)。


約3700年前に造られたという宮殿は一辺が160mで、中庭をもつ複雑で巨大な建物です。


4階建ての部分もあり、部屋の数はなんと1200以上あったであろうと推定されています。
まさに迷宮ですな。


こんな地下室の奥深くにミノタウロスは閉じ込められていたんでしょうかねぇ。
小さい頃に本で読んだ伝説のような話の舞台に、今実際立っている…。
うーむ、感慨深い。


クノッソス遺跡で特筆すべきことの一つは、壁画が数多く残されていることです。
もちろん修復されたものですが、4000年近くも前の筆使いや色彩を目の当たりにすることができます。


思った以上に色彩が鮮やか。


抽象画っぽい。
草?海藻?


ちょっと見にくいですが、ミノタウロスらしいです。


女王の間です。
イルカってところがいいですな。
ちなみにこの部屋の隣には浴室とトイレがあるらしいのですが、なんと水洗トイレだそうです。


王座の間に描かれているのはグリフィンという空想上の生き物だそうな。


イラクリオンの街に戻ってきました。
次は考古学博物館へ。
アテネにあった考古学博物館にはギリシャ全土の遺跡からの出土品などが集められていますが、唯一クレタ文明の出土品だけは展示されていません。
入場料はクノッソス遺跡との共通券で10ユーロのところを、学割で5ユーロ(約550円)でした。

気になったものをいくつか。


古代のゲーム盤だそうです。
上に写っているのが駒かな?


布製のバッグのような形をしていますが、実際は土でできています。
口が狭いので、出し入れしにくいことこの上ない気がするんですが。


古代のシャンパンタワー?
っていうか、何に使ったの?


せんだみつお祭り。

というわけで、クレタ島観光終了。
ちなみにボクらはアギオス・ニコラウスに宿をとったので、クノッソス観光のために片道1時間半もバスに乗らなければなりませんでした。
片道で6.5ユーロ(約715円)もするので、クレタ島へ行く目的がクノッソス遺跡だけの人は、アギオス・ニコラウスに泊まるメリットは全くありません。
ちょっとくらい高くてもイラクリオン周辺に泊まることをお勧めします。
フェリーに乗るのも断然楽ですしね。


さて翌日。
クレタ島を離れ、ロドス島に向かうことにしましょう。

まずはバスでフェリーターミナルのあるイラクリオンへ。
これで2往復目ですな。


ロドス島行きのフェリーはこんな感じ。
14:00発の予定が1時間遅れて15:00発に。


ベネツィア時代の要塞だそうです。


おぉ、なんだか海の色がすごい。


今回は安いデッキ席。
1人27.8ユーロ(約3058円)。
風が気持ちいいですなー。


海の真っ只中で見る夕日。
美しい。


デッキ席の人は下層にある大部屋を使うことが出ました。
おかげで存分に足を伸ばして寝ることができました
ま、床ですけどね。

[PON]

これぞ真夏のエーゲ海!これぞサントリーニ!

  • 2010/10/21(木) 18:39:02

<現在、エジプト・ダハブにいます。
 ふたりとも健康です。KAOの耳もだいぶ良くなりました。>
*2010年8月16日〜17日の日記*


さて。
これぞエーゲ海に浮かぶギリシャの島!と呼ぶに相応しいサントリーニ島にやって来ました。
島の南西部にあるペリッサという街にあるYouth Hostel Annaに泊まることにしました。
エアコン付きのドミトリーで1泊1人12ユーロ(約1320円)。
ハイシーズンなので、だいぶ高いです。


宿はこんな感じ…って、すいません。
夜撮った写真しかありませんでした。
ちなみにこの宿はなぜか(のら?)イヌの溜まり場。


こんなのとか。


こんなのとか。
多い時だと5〜6匹のイヌが集まってきて、グダグダしたりじゃれあったり。
みんなかわいいヤツらでした。

いわゆるサントリーニ島らしい街並み(フィラとかイオとか)まではちょっと遠いのでバスで行く必要がありますが、それ以外はビーチやスーパーにも近く、なかなか便利な宿でしたよ。
そういえば宿の近くにはなぜか24時間営業のパン屋さんがありました。
2軒も。
パン屋が24時間やっている必要があるのか?


無駄に港で半日を過ごしたものの、まだ昼過ぎ。
ギロピタで軽く腹ごしらえをした後、歩いて5分くらいのところにあるビーチに行ってみることにしました。


メイン通りはこんな感じ。
宿やらカフェやらレストランやらが並んでいます。
海沿いだけあって、魚貝を売りにした店が多かったような気がする。


ブラックサンドビーチ
その名の通り、少し大粒の黒砂のビーチでした。
さぁ、暑いし泳ぐぞー!


…と思っていたのですが、フェリーターミナルのイスで仮眠を取っただけという完全なる寝不足状態だったため、ちょっと泳いだだけで、ふたりして日没近くまで爆睡してしまいました。


Youth Hostel Annaに泊まると、向かいにあるこのレストランでの食事が15%引きになりました。
宿にはキッチンがなかったので、この日はここで晩飯を食べました。
ナスと挽肉のグラタンのようなムサカ(たぶんギリシャ辺りの料理)、美味かったっす(写真、暗すぎて使えず)。

この日の夜、アルバニアの宿で出会ったシンジくんと再会しました。
思えば、ボクらにとっては大きな出来事でした。
ここで再会したおかげでその後連絡を取り合うようになり、9月頭にシリアで合流した後、約1ヵ月半ほど一緒に行動をすることになったのです。


さて、翌日。
今日はサントリーニ島散策に出かけましょうか。
まずはペリッサからバスでフィラという街へ。
フィラはサントリーニ島の中心部に当たります。


バス停にて。
この島のイヌはみんなフレンドリー。


海岸沿いの通りから海を見下ろしたところ。
真っ青な海と白い建物が本当に美しいですなぁ。
サントリーニに来てよかったー。
ちなみに眼下に見える建物のほとんどはペンションらしいです。


ペリッサにも小さな港があるのですが、ここも街から海までは断崖絶壁になっていて、その間の交通手段はロープウェイ。


もしくはロバ。
乗り心地悪いらしいです。


一見したところ、岩山に雪でも積もっているようにも見えますな。
白いのはもちろん建物です。


ちょっと北の方に歩くと観光客も少なく、静かで落ち着いた街並みになります。


それにしても素敵な建物だらけですなぁ。
毎年白ペンキを塗り直しているのだそうな。


白い教会に…


青い教会。
この島には「建物は白か青に塗りなさい条例」でもあるんですかね。
オレは赤にするぜ!的な反骨精神あふれる島民はいないんでしょうかね。

そこらじゅうおしゃれな風景やオブジェがいっぱい。


こんなところで花札でもしてみたい。←ミスマッチの極致


何かよくわからないけど、とにかくおしゃれな感じ。


いいねぇ、こういうの。


ノックする手。


魔女の宅急便。←だいぶ違う


お、珍しくピンク。
でもそれがまたいい感じ。


誰?


これこそ何だかよくわからないけど、それがまたかっこいい。
サボテン割り器?


おー、いい顔してんなー。


フィラからバスに30分ほど揺られ、島の北端近くにあるイオという街へ。
日中は観光客も少なく、本当に素敵な街でした。


イオの教会。


山盛りの花。


イオの街並み。


そろそろコメントに困ってきましたが、もう少しお付き合い下さい。


こんな島でのんびり暮らしてみたいものですなぁ。


ボクらが見た中で、イオの街で見たこの景色が一番サントリーニらしい景色だと思います(今現在、PCのデスクトップ写真はこれ)。


せっかくなので、この景色の見えるカフェでアイスカフェオレなんぞ飲んでみました。
ちなみに1杯4ユーロ、約440円…。
高かったけど、満足。


ちなみにイオは夕日がきれいに見えることで有名な街です。
ボクらは燦々と照りつける太陽の下で見たイオの景色で満足したので夕日前に帰ってきましたが、夕方イオへ出かけようという方はご注意下さい。
めっちゃ混みますから。


夕方、フィラからイオへ向かうバス。
頻発はしていましたが、混みすぎてバスに乗れない人が続出していました。
夕日を見に行く方は、ぜひお早めに。


あ、ちなみに真夏のサントリーニはめっちゃ暑いです。
日陰もほとんどないので、歩き回る際は水、もしくはそれ相応の覚悟をご用意下さい。
さもなくば…


こうなります。
ぐったりー。

[PON]

港が広すぎる。

  • 2010/10/18(月) 01:23:17

<現在、エジプト・ダハブにいます。ふたりとも健康です。>
*2010年8月14日〜16日の日記*


相変わらず、エジプト・ダハブでのんびりしております。
日本からエジプト観光にやって来るKAOのお姉さんを待っているので、もうしばらくはここに滞在することになりそうです。

そういえば、桑田佳祐が音楽活動を再開したらしいですねぇ。
うれしい限りです。
それから史上3頭目の三冠牝馬が誕生したとか。
競馬の世界から離れて久しいですが、こういうニュースには心が躍りますな。
っていうか、いつの間にかウォッカ、引退してたんだ…。
以上、ちょっとしたつぶやきでした。



というわけで、アテネ観光最終日。
前の日は終日博物館という涼しいところで過ごすことができたのですが、この日は最後の力を振り絞って炎天下のアテネへ繰り出しました。

アクロポリスの麓に広がる古代アゴラへ行ってみました(ここも無料で入れた)。
以前にも書いたように、アゴラとは現代ギリシャでは「市場」を指す語として使われているのですが、古代ではもっと広く政治、宗教、文化的施設が集中した所という意味を持っていました。
多くの古代ギリシャ人たちはここで買い物をするだけでなく、政治を論じたり、雄弁家の話に耳を傾けては情報を交換する場として利用していたのだそうです。
ソクラテスやプラトンもここで弁舌をふるい、喜劇作家のアリストファネスや歴史家ヘロドトスもこの時代に活躍していたといわれています。


で、これが古代アゴラ
それにしても、基本的にギリシャの遺跡はあまり保存状態が良くないですな。
ま、古いからしょうがないんですけど。


古代アゴラ内にあるアタロスの柱廊博物館です。
ギリシャの遺跡の中で、ただひとつ完全に復元された建築物なんだそうな。
賛否両論はあると思いますが、個人的にはこうやって復元してしまうとただの新しい建物にしか見えなくなってしまうのがちょいと残念。
まぁ、さっき保存状態が悪いことに残念がっていたことに矛盾してしまいますがね。
ちなみに当時柱は赤と青で塗られていたんだそうです。

この博物館の内部で気になったもの。


えーっと…何に使うもの?
台?


これ、なんだかわかりますか?
正解は古代のおまるだそうです。


で、これが使用例を示した写真だと思うのですが…。
無理強いはいけませんな。
あまりのイヤさ加減に子どもが泣き叫んじゃってます。


古代アゴラ内にある、ギリシャで最も原形を残している神殿、ヘファイストス神殿です。
確かにこれだけしっかり残っているのは、ギリシャでは珍しいかも。


彫刻もちゃんと残っていますな。


広大な古代アゴラとその向こうに見えるアクロポリス。


この辺りは観光客がわんさと集まる場所なので、おっしゃれーなカフェやレストランが並んでいます。
ボクらには高くて、コーヒーすら手が出ませんでしたが。


さだお…ですかね。
さだ夫。

この他、ローマ初期のアゴラの跡や図書館跡、アテネ随一の格式を誇るミトロポレオス大聖堂などを見て歩きました。
いやはや、暑いわ。


暑い中歩き回った自分らへのごほうび、アイスコーヒー。
日本と大差ない値段でしたが、今いるエジプトなんかでは腹いっぱい食えるくらいの値段です。


この日はもう一つやることが。
翌日からエーゲ海に浮かぶギリシャの島々を船で巡る予定だったので、旅行代理店に行ってみたところ…
満席の連発
ギリシャのハイシーズンをなめてました。
店員にも「こんなシーズンなのに前日になってフェリーを予約しようなんて、どうかしてるわ。」くらいの勢いで言われました。
結局2つの航路に関して、時間をずらしたり翌日の便に振り替えたりせざるを得なくなりました。
参考までに書いておくと…

アテネ(ピレウス)〜サントリーニ島:34ユーロ(約3740円)(フェリー・デッキ席)
サントリーニ島〜クレタ島:47.5ユーロ(約5225円)(スピードボート・座席)
クレタ島〜ロドス島:27.8ユーロ(約3058円)(フェリー・デッキ席)


さてさて。
アテネを離れ、まずはサントリーニ島へ移動することにしましょう。


4日ほどお世話になったアテネの宿Hostel San Remoを昼前に出発。
これから物価の高いエーゲ海の島々を巡るにあたり、少しだけですが自炊用の食材やら調味料やらを持っていくことにしました。

エーゲ海の玄関口となるフェリーターミナルはピレウスというところにあります。


アテネの中心部からピレウスまではメトロを乗り継いでいくことができます。

ピレウス駅を降りたところにフェリーターミナルが…あったことはあったのです、が。
ピレウス港には12のゲート(乗り場)があります。
目の前にあったのはゲート5とか6とか。
で、ボクらの乗るフェリーが出るのはゲート1。
…この時点で若干イヤな予感はしてたんですよね。
まぁ、とりあえずゲート1があると思われる方向へ歩き出してみました。
で。
…と、遠いー。
ゲート3まで歩いたあたりで、あまりの遠さと荷物の重さと暑さに負け、とりあえず休憩。


画面真ん中のはるか遠くに見えるフェリーが泊まっている辺りはゲート2。
ゲート1はさらにずーっと向こう側。
うーむ、ピレウス港広すぎる。

さてどうしたものかと悩んでみたものの、たかだかフェリーターミナル内を歩いているだけなのに手持ちの水が切れてしまって干からびかけていたので、KAOに荷物番をしてもらって飲み物を探しに出かけました。


…全然店が開いてない。
そういえば、アテネの日曜日は店が閉まりまくりで大変だ、という話を聞いたことがあったような…。
結局地元の人に教えてもらって水とジュースを買ってKAOのところに戻ってくるまでに20分以上かかってしまいました。

水分補給をしたところで、またKAOに荷物を見ていてもらって、この先ゲート1までどのくらいかかるのか実際歩いてみることにしました。
で、その結果。
大きなバックパックを背負っていない状態で歩いて、30分(ボクはそこから戻ってきたので往復60分)。
無理無理無理無理
遠いだけじゃなく、とにかく暑い。
どれくらい暑いかというと、ボクと同じように徒歩でゲート1まで歩こうとしていたと思われる欧米人の女性バックパッカーが倒れたほど(おそらく熱射病)。
なんとかゲート1まで送り届けることはできましたが、とりあえずその有り様を見て歩くのはやめようと心に誓いました。
どうやらフェリーターミナル内をシャトルバスのようなものが走っているようだったので、戻ってKAOと相談し、金はかかるだろうけどバスでゲート1まで行こうという結論に達しました。

ゲート3の周辺にはエアコンの効いた休憩所や軽食屋、パン屋さんなどを発見することができたので、フェリーの時間までその付近で休憩したり食事を取ったりしました。
出向の時間が近づいてきたので、15分おきくらいに走っているシャトルバスに乗り込んでみると…
無料だし
なんだよー、最初からシャトルバスに乗ればよかったー!

…長々と書いてしまいましたが、要はメトロの駅を降りてからフェリーに辿り着くまで大変だったんですよー、って話です。


というわけで、19:00発のフェリーで一路サントリーニ島を目指します。
何人乗りかわかりませんが、かなりでかい船でATMまでありました。


一番安いデッキ席はこんな感じ。
デッキとは言え、こんな風に屋根の付いた部分もちゃんとあります。
ボクらは長椅子のようなところをゲットできたので、横になって仮眠を取ることもできました。


いざ、出航!


そういえば、大型犬を連れている人が多かったなぁ。


エーゲ海の真ん中で、さえぎるものがないところでの夕日。


フェリーの中の食事は高いので、乗船前に買い込んできたパンで晩ご飯。


席で横になってうとうとしているうちに、どうやらサントリーニ島の港に到着した模様。
時刻は0:30。
とりあえず荷物はまとめてみたものの、いつまで経っても周りの客が船から降りる気配がないので、どうしたのかなー、着岸に手こずっているのかなーなどと思いながらデッキから下を眺めてみたところ…
あれ。
みんなもうとっくに降りてる、どころか既に新しい乗船が始まってる
…もしかして、ここは終点ではない?ということに今さら気付いて、あわてて荷物をつかんで出口に向かいました。
船員にも「今まで何してたのー!早く降りて!」と怒られながら、なんとか無事下船。
あっぶねー。
次の島まで連れて行かれるところだった。


というわけで、サントリーニ島に到着。
…真夜中に。
本当は日中に到着するフェリーに乗りたかったんだけど、上の方に書いたように満席だったため、こんな時間に到着のフェリーになってしまいました。
というわけで、まずはフェリーターミナルの建物の中で朝まで仮眠を取ることにしました。
思いの外冷房がガンガン効いていたので、持ち歩いているシーツを被ってすやすやと…
いろんな人につつかれて、起こされまくり
何でみんな起こすの?と思ったら、この港は深夜も出航便があり、ボクらがそれに乗り遅れるのではないかと心配した客が、「ほら、もう乗船始まってるわよ。遅れるわよ。」とよってたかって起こしてくれるわけです。
えーっと…ご親切にありがとうございます。
頼むから、寝かせてくれ。

明け方からなんとか少し眠ることができ、気付くと朝。
さぁ、移動しようかなーと思ってバスを探すと、宿のあるペリッサへ向かうバスは昼頃までないらしい。
…昼って。
タクシーという手もあったけど、まぁ、急いでいるわけでもないので、のんびり待つことにしました。


めっちゃ暇人。


お金持ちの客が乗って出て行く観光船を見送る。
写真のようにサントリーニ島は周囲がほぼ断崖絶壁になっています。

というわけで、仮眠から起きてから待つこと約6時間
やっとバスに乗り込み、宿のあるペリッサの街へ向かいました。


真っ青なエーゲ海!
美しい!

これぞギリシャ!これぞサントリーニ!的な風景はまた次回。

[PON]

考古学博物館に入り浸ってみました。

  • 2010/10/12(火) 18:11:09

<現在、エジプト・ダハブにいます。ふたりとも健康です。>
*2010年8月13日の日記*


今日もアテネです。
今日は国立考古学博物館へ行ってみましょう。


世界でも有数の充実っぷりを誇る考古学博物館、楽しみにしていた場所の一つです。
入場料は学割で3ユーロ(約360円)でした。
そりゃあもうものすごい数の展示物があるわけですが、くまなく紹介するとえらいことになってしまうので(撮影可能だった)、すごかったものやちょいと気になったものをいくつか。

ではスタート。


まず出てきたのは黄金のマスク!
すげー。
ミケーネ文明のものといわれているそうですが、なんと紀元前20世紀〜紀元前12世紀の頃のものだそうな。


黄金のマスク・動物版。
ライオンのメス的な何か?


ポセイドンのブロンズ像です。
海底から発見されたんだそうです。
美しいですなぁ。
今まさに三叉の鉾を投げようとしているところだそうな。


かつてパルテノン神殿に安置されていたアテナ女神の立像の小型バージョンだそうです。
美しいですな。
ちなみにオリジナルは高さ12mという巨大なものだったそうです。






素敵な彫像3連発。
誰が誰だかは忘れた。


「馬に乗る少年」のブロンズ像です。
この躍動感はすばらしいですなぁ。


エジプト的な展示物もたくさんありました。
保存状態が素晴らしい。


スフィンクス…らしいのですが、かわいそうなほど原形を留めていませんな。


…何の生き物でしょうか。


3連ぷりケツ。


ダブルでパピコを吸う人(左)。
正解はフルートを吹く人らしい。


名古屋場所で優勝したクマ。


これぞ、ザ・タコ壺。


ウシの悲劇。


「はーい、じゃ次、カーブいきまーす。」


これは…いったいどういう状況なんでしょうか。
道端に落ちていた足を拾って帰る人?


こりゃまた、いい顔してますなぁ。
口から水が出るようになっているっぽいです。


なんでしょ、この小にくらしい顔。
フルちんのくせに。


つったかたー。←古


真顔なのにアンニュイな感じ。


ツッコミどころ満載の奴らがずらり。


これは誰がどう見ても「お控えなすって」像ですよね。
『日本のヤクザのルーツはギリシャにあった!』←東スポ的見出し


ゆーたいりだつー…って、まだザ・たっちは日本で健在なんだろうか。
ま、そもそも健在といわれる時期があったかどうかも微妙だけど。


館内をくまなく見終わって、中庭でぐったりしていたところ…


ん?
あそこを歩いているのは…


どう見ても亀だし。
何ゆえ、考古学博物館で亀を放し飼い。
考古学的亀?

いやぁ、それにしても疲れました。
全部見て回るのに、休憩含めて5時間以上。
さすがはギリシャ。
この日は結局この考古学博物館だけで1日が終わってしまいました。


そして、本日もパスタ。←わかる人にだけ

[PON]