遺跡で遊ぼう。

  • 2010/12/04(土) 08:08:09

<現在、モロッコ・シャウエンにいます。ふたりとも健康です。>
*2010年9月6日の日記*


さて。
シリアの、そして中東のハイライトの一つであるパルミラ遺跡へ向かうことにしましょうか。

前日に確認したところバスの時間が早かったため、5時起床で6時には宿を出発。
ちなみにバスを探す時はパルミラと言うよりも、地名であるタドモールと言った方が通じやすかったです。


まずは徒歩でガラージュ・ブルマンへ。
30分ほどかかるので、大きな荷物を背負って歩くと結構大変です。
みんなほぼ無言でした(笑)。
この「5時起床」とか「徒歩で30分」ってあたりが合宿っぽかったと感じたゆえんですな。
さらにシンジくん(右から2番目)が手に持っているビニール袋に入っているのはオリーヴ石鹸。
重さ5kg。
アレッポのオリーヴ石鹸はおみやげとして有名なのですが、知り合いに購入を頼まれたものの、送るタイミングを逃してこの時も持ち歩いていました。
ちなみに結局この石鹸はレバノンまでシンジくんを苦しめることとなります。


ハマからはパルミラへのダイレクトバスがあります。
6:45発で1人140SP(約280円)。
で、当然のように全員爆睡したまま、3時間ほどでパルミラ遺跡のあるタドモールの街に到着。
安宿のある辺りまではタクシーで移動。
4件ほど見て回った結果、Ball Shamen Hotelに泊まることにしました。
4ベッドの部屋にマットレスを1枚入れてもらって無理矢理5人部屋にしてもらい、1人200SP(約400円)。


というわけで、本日の合宿所はこんな感じ(シンジくんだけ地べたでゴメン…)。


さて。
タドモールと呼ばれる砂漠のオアシスにあるパルミラ遺跡群は、2世紀に栄華を極めたシルクロードの隊商都市です。
世界でも有数の規模を誇り、『中東の3P』(イランのペルセポリス、ヨルダンのペトラ、そしてシリアのパルミラ)の一つにも数えられるこの遺跡は、ユネスコの世界遺産に登録されています。
ボクらにとって51個目の世界遺産となりました。


というわけで。
遺跡散策に行こうかと思ってロビーに降りたところ、宿の兄ちゃんが観光のためのタクシーチャーターを勧めてきました。
普段なら速攻断るところなのですが、意外と言い値が安かったことに加え、こちらは5人もいるので1人当たりの値段がだいぶ安く済みそうなので、お願いすることにしました。
墓の谷にある2つの墓までの送迎、パルミラ遺跡の入り口であるベル神殿までの送迎、そして遺跡を見下ろす山の上にあるアラブ城への送迎で1人150SP(約300円)でした(各々への入場料は含まず)。
ベル神殿まではともかく、墓の谷やアラブ城まで自力で行くのは結構大変なので、何らかの交通手段が必要だと思います。

5人ギュウギュウ状態でタクシーに乗り込み、まずはエラベール家の塔墓へ向かいました。


白ラクダの親子。


これがエラベール家の塔墓
荒野の中にぽつねんと建っています。


これが内部。
神殿の建設に多額の寄進をしたのがエラベール家なんだそうな。
ふーん。


合宿メンバーの集合写真。
墓の中で何やってんだか。

この後、3兄弟の地下墓室なるものを見たのですが…3兄弟って誰だっけ。
内部も撮影禁止だったので、そりゃあもうすっかり忘れてしまいました。

ちなみに墓の谷にあるこの2つの墓の入場券(75SP、約150円)はあらかじめパルミラ博物館入り口にあるチケット売り場で買っておく必要があるので注意して下さい(つまり現地では買えない)。
しかも墓の入り口は9:00と11:00の1日2回しか開けてくれません。


おなかが空いたので、一旦街に戻りました。
ツーリスト向けの高ーい店は開いてるのですが、ラマダーン中ということもあり、安い店がなかなか見つけられず。


やっと見つけたケバブサンドの店。
美味かったー。


これはナツメヤシの実なんだそうな。
干したものはねっとりと甘くて美味いらしいです。


腹も満たされたところで、本格的にパルミラ遺跡散策へ。
チャーターしていたタクシーでベル神殿の前まで送ってもらいました。
広大なパルミラ遺跡の中で、このベル神殿だけ入場料が必要です(150SP、約300円)。
フクさんは1度見たことがあるということだったので、神殿内には4人で入りました。


おぉ、柱がすごい。


直立。
正面奥に見えるのがベル神殿です。
本殿は主神ベル(豊穣の神)、太陽神ヤヒボール、月神アグリボールの3神に捧げられたものなんだそうな。


神殿を裏から見たところ。
かっこいい。


神殿正面の入り口。
デカさがわかりますかね。


内部の天井にあったレリーフ。
東南アジアの仏教寺院で見たものにちょっと似ている。
蓮っぽい。


暑さでぐったりー。
いや、マジで暑いです。
トキちゃんの格好が何となくミステリーハンターっぽいということで、暑い中「世界ふしぎ発見ごっこ」とかやっていたあたりで、余計な体力を使ってしまったわけですな。


犠牲祭壇にて。
今考えれば、かなり罰当たりな気もする(笑)。


外壁でこんな場所を見つけました。
…なんで丸いものを埋め込んじゃったんでしょうか。
みんなでいろいろと考えた結果、「柱が余っちゃったから、壁に使っちゃえー。」みたいなノリでこんなことになってしまったのではないかと。
しかもその時はちょうどラマダーン中で腹減ってたんで、みんな適当に仕事してたんじゃないかと。
そうに違いない。


4人とも結構遺跡をじっくり見る派だったので、ベル神殿だけで1時間ほどかかってしまいました。
外で待ってるフクさん、暇だっただろうなー、暑い中待たせて悪かったなーと思いながら待ち合わせ場所に行くと…


昼寝してるし
確かに外は暑いんですが、乾燥しているので、日影だと寝られないことも…いや、どうかな(笑)。
暑いので、ボクらも日影でひと休み。


トキちゃんのサングラスを借りてみました。
うーん、アホっぽい。


さぁ、散策再開。


右手前が記念門です。
かっこいいなぁ。
アーチのてっぺん、落ちそうだけど。


記念門のレリーフも美しい。


記念門をくぐり、列柱の並ぶ通りを歩く。


ほぼ完全な形で残っている円形劇場の内部です。
残念ながら立ち入ることはできなかったので、柵の隙間から写真だけ。


振り返ると、記念門までずーっと列柱が連なっていました。
すごいなぁ。


四面門と呼ばれるものです。
うーん、これもかっこいい。
観光用のラクダを引き連れたおっちゃんたちがたむろしていたのですが、パルミラで聞けると噂の台詞をここで聞くことができました。
ラクダハラクダー(ラクダは楽だー)。」
…はい、そうですか。


すっかり気に入ってしまった四面門を、別アングルから。
うーん、かっこいい。


日影でタバコ休憩を取る4人(トキちゃん以外はみんなスモーカー)。


本当に暑いので、こんな風にちょいちょい休憩しないとやってられません。


列柱通りの突き当たりにあった葬祭殿


で、やっと遺跡の一番奥にあるスタンダード神殿に到着。
ベル神殿から、直線距離でおよそ1.5km。
遠かった。
って、何ゆえ「標準」神殿なんでしょうね。


はしゃぐフクさん。


なんだかかっこいいフクさん。


遺跡の西側に広がるこの辺りが墓の谷でしょうか。


そして遺跡の背後にそびえる山の上にあるのがアラブ城
夕方、タクシーであそこに登ります。

だいぶ大雑把に紹介しましたが、パルミラ遺跡はこんな感じです。
その他、浴場跡や取引場跡、大地に雨をもたらす豊穣の神パールシャミン(ギリシャ語でゼウス)に捧げられた神殿などを見て回りました。
(合宿メンバーへ:しんしんの話はおもしろく書く自信がなかったので割愛しました。)

いやぁ、見ごたえのある遺跡でしたわ。
加えて広いし、暑いし。
疲れた〜。


一旦宿に戻って一息入れた後、チャーターしていたタクシーで夕暮れのアラブ城へ。


アラブ城からの眺め。
城壁のようなもので囲まれた部分がパルミラ遺跡で、右奥辺りがベル神殿です。
ものすごい広いのがわかりますかねーって、この写真じゃよくわからんか。


ぼーっと日暮れを待つ。


夕日に照らされるベル神殿。
きれいだなー。


アラブ城のライトアップ。


遺跡もライトアップ。
この荒涼とした風景の中にでーんとある感じが、非常にかっこよかった。
パルミラ、いい遺跡だ。


帰りはトラックが迎えに来ました。
ボクら以外にも10人ほど乗り込んで、宿まで爆走。
荷台、気持ちよかったなー。


おなかすいたー!


今日の晩飯は、というか晩飯もケバブ(100SP、約200円)。
美味かったっす。


街で見かけた女の子。
かわいい。


というわけで。
朝5時起床で始まった長ーい1日、これにて終了。
中東合宿はまだまだ続きます。

[PON]

難攻不落の城ラピュタ。

  • 2010/11/26(金) 20:52:29

<現在、モロッコ・メルズーガにいます。ふたりともだいぶ良くなりました。>
*2010年9月5日の日記*


さて。
今日はハマからちょっと足を伸ばして、日帰りでクラック・デ・シュバリエという城を見に行くことにしましょうか。
旅のベテランであるフクさんは2度目の中東。
既にその城を見に行ったことがあるとのことだったで、この日は4人で行くことになりました。

宿からガラージュ・ミクロバスまで歩き、まずはホムスという街へミクロバスで移動(35SP、約70円)。


シリア第三の都市だけあって、ホムスのガラージュはでかいですねぇ。
ガラージュの建物の2階にちょっとした食堂的なものがあったので、朝ご飯にファラフェルを食べました。

ガラージュでクラック・デ・シュバリエ!を連呼して歩いていると、意外とあっさり目的のミクロバスを見つけることができました。
シリアのミクロバスは基本的には満員にならないと出発しません。
結局1時間近く待ったんだっけな。
それからシリアでは出発前に名簿みたいなものが回ってきて、名前だけでなく、生年月日、パスポート番号、おまけに両親の名前なんかを書き込まねばなりません。
現地の人も書いていたので、情勢の不安定な国ならではの規則ってところでしょうか。


ホムスから1時間足らずでクラック・デ・シュバリエに到着(50SP、約100円)。
写真は外壁です。

さて、このクラック・デ・シュバリエ
まず、名前がかっこいい!…なんとなく。
1144年に移り住んだ聖ヨハネ騎士団が、標高約650mの丘の上に建つこの城を要塞化し、本拠地としたんだそうな。
このクラック・デ・シュバリエは、ここから北に100km近くも離れたサラディーン城とセットで世界遺産に登録されています。
1187年に十字軍を破ってエルサレムを奪ったサラディーンの居城となったのがサラディーン城、一方そんなサラディーンでさえ1日で攻めるのを諦めたほどの堅牢さを誇るのがこのクラック・デ・シュバリエです(十字軍て何?って人は自分で勉強して下さい)。
つまりイスラム側と十字軍側の戦力の中心であった城をセットで世界遺産に認定したわけですな。
当時の築城技術の粋が集められたこの城は、十字軍に参加していたイングランド王エドワード1世によって同様の城がイングランドやウェールズに建設されるなど、中世ヨーロッパにも影響を与えたほどなんだそうです。

長々と書いてきましたが、つまりはすごい城なんですよー!ということを言いたいわけなのです。
ちなみに『天空の城ラピュタ』でシータが幽閉されていた城のイメージとなったのがここなんだそうな(真偽の程は知らん)。

そういえば…ボクらにとって、記念すべき50個目の世界遺産となりました!
おめでとー。
ありがとー。


さぁ、中に入りましょうか。
ちなみに入場料は学割で10SP(約20円)。
実はトキちゃんは国際学生証を持っていなかったのですが、シンジくんが学生証を見せながら全員分の金を払い、後ろで何となくボクやKAOがちらちらと学生証を見せる、というフォーメーションを組んだら、4人分が学割の値段で買えちゃいました。


外壁と内壁との間は攻城機械を持ち込めないように、わざと狭くしてあるのだそうな。


これは厩舎(馬小屋)ですかな。
でかいですなぁ。


眺める。


外壁の内側に入りました。
これが城の本体にあたります。
かっこいいですなぁ。
ちなみに外壁と城本体の内壁は1ヶ所の通路でしかつながっていません。
つまりその通路さえしっかりふさいでおけば、仮に敵ががんばって外壁を越えて今ボクらがいる場所まで辿り着いたとしても、城本体からボッコボコにできるわけですな。
城内には巨大な食糧貯蔵庫が設けられているため、長期のろう城にも耐えることができたそうな。


外壁の見張り塔に上ってみた(ボクとKAOがいるの、わかりますかね)。


はい、ポーズ。


はい、ポーズ。←意外とノリがいい


外壁の上を一周。
丘の上に立っている城なので、外壁を越えることすら難しそうですなぁ。

さて、ここからやっと城本体の内部へ。


アーチ天井が美しいですなぁ。


かつては礼拝堂だった場所ですが、のちにイスラム側の手に落ちた後、モスクに造り替えられたんだそうな。
ここ(偉い人が立つところ)に立つのが念願だったKAO、ご満悦の様子。
(現役のモスクでは当然上ったら怒られる。)


やっほー。


シンジくんは高いところが苦手なんだそうで、ここをつかんだまま動けません(笑)。


シンジくん、目いっぱいの冒険。


クラック・デ・シュバリエの「K」だそうです。
ま、逆ですけどね。


難攻不落の城のてっぺんから城下を眺める。


なぜか欧米人グループのガイドさんから写真撮影をせがまれる日本人女性2人。


ちなみにクラック・デ・シュバリエの全容はこんな感じ。
組み立て式の紙模型を出口で売ってました。
買ってないけど。


欧米人を乗せたラクダを一生懸命引っ張る少年。
城の外には観光用のラクダが待機してました。
乗ってないけど。

帰りは来る時に降ろされた辺りで待っているとミクロバスがやって来ます。
客を集めるためにかなりあちこち走り回ることになりますが、だまって乗っていればいつかはホムスまで連れて行ってくれます。
チャーター分の料金を払えば今すぐに出てやるぞ!という誘いがありましたが、そんな金を払う気はない!ということを告げたら問題ありませんでした。

ちなみに。
シンジくんが乗ってくる客のためにドアを開けてあげようとしたところ、勢い余ってワゴンのドアが外れてしまいました。
それまでものすごいハイテンションだったドライバー、一気にテンション下がりまくり(ドアはすぐに直った)。
しかしバスがホムスに着く頃には忘れてしまったのか、ドライバーは復活してハイテンションでした。
シリア人、わかりやすい(笑)。

というわけで、以上クラック・デ・シュバリエでした。
『地球の歩き方』ではたったの1ページでしか紹介されていませんが、結構見ごたえのある城でした。
とにかく印象はかっこいい!って感じです。
交通もそんなに不便ではないので、シリアへお立ち寄りの際はぜひぜひ。


ここで旅人向けにひと言。
ハマの南にホムスという大きな街があります。
ボクらが行ったクラック・デ・シュバリエやパルミラ、それにレバノンへ移動する際の起点となる街はホムスになります。
なのでハマじゃなくてホムスに泊まった方がいろいろと便利なんじゃないかなーと思うかもしれませんが、ホムスにはあまりいい宿がないんだそうです。
というか、ハマのRiad HotelとCairo Hotelはバックパッカーの間でも評判のいい宿です。
ハマからホムスへはミクロバスが頻発しており、30分程度で着くことができるので、ハマに泊まっても不自由は感じませんでした。
ハマでの宿泊をお勧めします。


宿に帰ってから、シンジくんの断髪式。


ここまででお気づきの方もいるかと思いますが、シンジくんは不思議な髪形をしています。
ちょんまげと言うべきか、逆カッパと言うべきか…。
この髪型はハンガリー滞在時にフクさんにやられたものらしく、本人曰く、こういう髪型にしてくれと言ったわけではないとのこと。
しかし…


結局、今回も同じ髪型に。


元々シンジくんと一緒にいると、彼の髪型を見て食いついてくるシリア人に絡まれることがちょいちょいあったのですが…
散髪後はその確率が一気に上がりました
その髪型いいな!一緒に写真撮ろうぜ!みたいな。
まぁ、絡まれること絡まれること(笑)。
そりゃあもう、大人気です(っていうか、よく髪を引っ張られてた)。
ちなみにシンジくんを見て「チャイニーズ?」って言われる確率も格段に上がりました。
ま、そりゃそうだわな。


さて、晩飯。


シリアでは、というか中東では店先でこんな風にぐるぐる回っているチキンをよく目にすることができます。
今日はこれを買って帰ることにしました。


いつの間にか、カウンターの向こう側にいるフクさん。
フクさんのがんばりでサラダをサービスしてもらえました。


宿に戻って、晩飯タイム。


本日のメニューはチキン丸ごと1羽、ホブス、ホンモス、サラダ、ピクルス。
これで1人100SP(約200円)。
お腹いっぱい。


そういえば。


ハマ名物(?)にハマロールなるお菓子があります(ハマロールが正式名称なのかは不明)。


これ…マズイです(笑)。
皮はもちっとして美味いんですが、クリームが…。
なんと表現していいかわかりませんが、とにかくあんまり美味しくないです(全員一致の意見)。
チャレンジャーはお試しあれ。

[PON]

5メッシ。

  • 2010/11/25(木) 02:57:57

<現在、モロッコ・メルズーガにいます。ふたりともまずまずってところです。>
*2010年9月4日の日記*


さて。
実はボクらはシリアに入国してから、意識的にのんびりと移動してきました。
なぜかと言うと、2人の旅人と合流するためです。
1人は5月のイスタンブール滞在時に出会った、本当に長い期間(数年)をかけて世界一周中のフクさん
ボクらの兄さん的存在です。
もう1人は最初はアルメニア、2度目はサントリーニ島で再会した、だいたいボクらと同じペースで世界一周中のシンジくん
この2人がボクらからちょっと遅れて一緒にトルコからやってくるとの連絡があり、また再会して一緒に旅したいなーということになったわけです(2人は元々知り合いだった)。

というわけで、今日(9/4)がその再会の日。
ボクらがご飯を食べ終えてぶらぶらしていた時、ちょうどハマに到着した彼らと無事に再会することができました。
フクさんとシンジくんの他にもう1人。
2人がアレッポで拾ってきた(?)トキちゃんです。
彼女は4ヶ月くらいの予定で、トルコ〜中東〜北アフリカ〜スペインを1人で旅しているところだとか。

この日から5人での中東合宿が始まります(日程的に結構忙しくて、合宿のようだった)。
そして3人とはここから長ーい付き合いになりました。
フクさんとは数日後に一旦別れましたが、その後9月末にエジプト・ダハブで再会。
シンジくん&トキちゃんとはこの後ルートが全く同じだったこともあり、シリア→レバノン→シリア→ヨルダン・アンマンまではずーっと一緒。
その後、ボクらが1日遅れでイスラエルに入り、結局エルサレムで同じ宿。
で、ヨルダンに1日遅れで戻り、そのまま1日遅れで同じルートを追いかける形となり、エジプト・ダハブで再会。
ボクらが1ヶ月ほどだらだらしていたダハブを彼らは2週間ほどで脱出したので、もう会うことはないかもなーと思っていたら、エジプト観光を終えた2人とカイロで再会。
現在彼らはスペインを旅しているようですが、ボクらは彼らが通ったのとほぼ同じルートで、2週間半ほど遅れてモロッコを旅している次第です。
この後トキちゃんは12月の頭にスペインから帰国するそうですが、シンジくんは南米のアルゼンチン・ブエノスアイレスへ。
で、ボクらは彼の4日後に同じくスペインからブエノスアイレスへ。
間違いなく、また再会するものと思われます。


前置きが長くなりましたが、ここからの5人の珍道中をお楽しみ下さい。
(ここからはシンジくんやトキちゃんの撮った写真も使わせてもらっています。ありがとう。)

まずはハマの散策へ。
ボクらは前々日に回っていない水車巡業を終えていたのですが、まだ見に行っていない水車に望みをかけて行ってみたところ…


当然のように回っておらず。
やはりか。
くやしいので…


人力で回してみました(写真はフクさん)。


必死。


2人がかり。


3人がかり。
どんだけやってもちょっとしか回らないので…


諦めて、遊ぶことにしました(水車のデカさがわかりますかね)。


疲れた。

帰り道。
(この帰り道の話、ボクら的にはすっごいおもしろかったのですが、あの場にいなかったみんなにはたぶん伝わらないと思います。
 なので、あの日のメンバーがあの時のことを思い出して笑ってくれれば、それでいいです。)


(右からトキちゃん、フクさん、シンジくん)
ボールを見つけたので、みんなで蹴りながら歩いていると、フクさんがぼそっとひと言。
フクさん「メッシを意識して、左足だけ。」
みんな「…?」
どうやらメッシ(←サッカー選手)ファンで、この日もメッシのTシャツを着ていたフクさんは、さっきからずーっと左足だけでボールを蹴っていたらしいのです(メッシは左足が利き足、らしい)。
…誰もわかんねって(笑)。
っていうか、細かすぎて突っ込めないから、そんなとこ。
みんなで大爆笑。
好きだなー、そんな少年のようなフクさん。
その後ボクら5メッシは左足だけでボールを蹴りながら歩き続けました。

…以上、伝わらない話でした。


広場で出会った宝くじ売りのおっちゃん。
帽子がかわいい。


夕方、3人に誘われて、甘いものを食べに行きました。


行ったのはジュース屋。
カウンターを覗き込んで作業をガン見する迷惑な客2人。
…っていうか、よく見たらフクさんのズボン破けてるし(笑)。


覗き込んでたのはこれ。


で、出てきたのはこれ。
アボカドパフェです(75SP、約150円)。
美味ぁーい。
砕いたピスタチオがまたよい。

この後みんなで晩飯を食いに行って、3人の泊まっている部屋で遅くまでしゃべって、中東合宿初日は終了しました。
明日からは連日の遺跡巡りラッシュです。

[PON]

長い。

  • 2010/11/24(水) 23:45:02

<現在、モロッコ・メルズーガにいます。今度はボクが熱出しちゃいました。>
*2010年9月3日の日記*


KAOの風邪もまだ完治していないのに、今度はボクが熱を出してしまいました。
2日ほどふたりのために休養日を取りました。
よって、ちょっと立ち寄って2泊くらいで出ようと思っていたワルザザードの街でうかつに4泊もしてしまいました。
まぁ、日程的に余裕があるから問題ないんですが。
今はふたりともだいぶましになりましたが、微妙な感じでまだ治りきっていません。



さてさて。
今日はハマから日帰りでアパメア遺跡へ足を伸ばしてみましょうか。

まずは腹ごしらえ。


(写真が暗い。)
アラブ圏で最もポピュラーな食べ物、ファラフェルサンドイッチです。
豆をすりつぶして作ったコロッケであるファラフェルや野菜などを、厚いクレープ生地のようなものにクルクルと巻き、最後に上からファラフェルをぐしゃっとつぶしてくれます。
1個30SP(約60円)です(これはちょっと高め)。
アラブ圏のいろんな国でファラフェルを食べましたが、シリアのこのタイプのファラフェル(巻き巻きタイプ)が一番美味いと思います。


まずは歩いてガラージュ・ミクロバス(ミクロバスのバスターミナル)へ。
特にラマダーン中は、午前中は写真のように店が全然開いてません(写真は9時半ごろ)。
ゴーストタウンみたい。


ガラージュ・ミクロバスでスッケルビーア行きのミクロバスを探し出して乗り込みます(35SP、約70円)。
そこら辺のおっさんにアパメアへ行きたいと言うと、乗るべきバスを教えてくれました。
ちなみにミクロバスとはワゴンタイプのバスのことです。


で、今度はスッケルビーアのガラージュでカラートルムディーク行きのミクロバスに乗り換えます(スッケルビーアまでは所要40分くらい)。
こんな長い名前を言わなくても、アパメアに行きたい!と言えば、みんなが寄ってたかって乗るべきバスを教えてくれます。


ミクロバスの中で(25SP、約50円)。
お互い言葉が通じないながらも、何となく楽しい時間。
15分ほど走ったところで、アパメア遺跡に近い幹線道路上で降ろしてくれました

遺跡は幹線道路からちょっと離れた高台にあるので、てくてくと坂を上っていると…


バイクに乗ったおっちゃんが登場。
「乗ってけよー!」ということなのでありがたく乗せてもらったのですが、遺跡に着いた所で…
「絵葉書を買ってくれ。」
あぁ、タダじゃなかったのね
絵葉書はいらなかったので、ちょこっとだけお金を払いました(写真は絵葉書の話を持ち出される前なのでにこやか)。
うかつだったわー。


というわけで、アパメア遺跡到着。
入場料は150SP(約300円)、学割は26歳以下でないとダメとのことでした。

アレキサンダー大王亡き後のシリアを治めたセレウコス1世が、紀元前3世紀の初めに建設したのがこのアパメアです。
紀元前63年にローマのポンペイウスによってセレウコス朝が倒されると、ローマ風の劇場や浴場、神殿などが建てられ、2世紀の最も繁栄したのだそうな。

この遺跡の最大の見どころは…


1850mとシリア最長を誇るこの列柱通りです。
…っていうか、正確にはほとんど柱しか残っていません(笑)。
でもこれだけ柱が並んでるのはすごい。
遺跡の中では一番倒れやすいと思われる柱がこれだけ残っているとは。
世界で最も美しい列柱通りと言われるのにも、十分うなずけます。


この斜めに溝が切られた列柱はアパメア独特のものなんだそうな。


よく落ちないで残ってるなー。
ざっと千数百年も放置されてる(はず)なのに。


酒の神バッカスを祀ったバッカス門。


見渡す。


高い所から。
ずらりと並んだ列柱がおわかりでしょうか。
すごいですなー。
これで約半分です。


周りの荒涼とした感じが何とも言えずいい雰囲気でした。
観光客が少なかったせいもあり、ボクらはひっじょーに楽しめましたが、遺跡が好きな人じゃなければつまんないかもしれませんね。
なんてったって、柱しかないんですから。


さぁ、帰りますか。
15分ほどてくてくと歩いて、来た時にバスを降りた通りへ。
バス停なんてものは存在しないので、来た時とは反対側の車線で適当にバスを待つことにしました。
するとそこにあった店の人たちがみんないい人で。


イスを持ってきて座らせてくれ、ボクらが乗るべきバスが来たら教えてあげるよーと言ってくれました。
しばらく話し込んでいたのですが、そのうちラマダーン中だから自分たちは飲んだり食べたりできないのに、お茶を出してくれたり、タバコを勧めてくれたり、商品のブドウを食べさせてくれたり(果物屋だった)。


買出しに来た地元の人。
陽気な人たちばかりでした。

みんな優しくしてくれてありがたいなーと思っていたのですが、そのうちボクらが乗るはずのバスがバンバン通り過ぎているっぽいことに気付きました。
どうやら日本人の知り合いができたことがうれしかったらしく、ボクらに帰ってほしくなかったみたいです。
ボクらが「あ、あれは…」とバスを止めようとすると、「まぁ、いいからいいから。座ってなさい。」という感じで、ちっとも帰らせてくれない。
最終的には自分たちでバスを止める羽目になりました(笑)。
あのままじゃ、いつまでたっても帰れないんだもん。
結局、1時間半待ち…長い。
まぁ何にせよ、楽しい時間を過ごさせてもらいました。
ありがとう、おっちゃん。

帰りのバスはスッケルビーア(←行きとは違う場所、というか道ばたで降ろされた)まで10SP(約20円)、そこからハマまでは35SP(約70円)でした。


おやつに買ったクロワッサン…っぽいパン(決してクロワッサンではなかった)。


この日の晩ご飯。
これは…なんていう料理でしょうね。
ゆるめのホンモスにコーンやらひき肉やらが入っていて、底には千切ったホブスがたくさん入っていました。
美味いし、量も多い。
満足。


夜のお散歩。
宿の近くの水車がある広場は、夜になるとカップルや家族連れで賑わっていました。
昼間にはあまり見かけなかったお茶屋さんやみやげ物屋なんかも出ていました。
昼間はかなり暑いですが、夜は散歩するのにちょうどいい感じです。


ライトアップされた水車、きれいですなぁ。
ま、相変わらず回ってないんですけどね。

[PON]

現役の水車だからといって、回っているとは限らない。

  • 2010/11/20(土) 07:04:46

<現在、モロッコ・マラケシュにいます。
 KAOの熱は下がりました。ボクは相変わらず健康です。>
*2010年9月1日〜2日の日記*


KAOの熱はすっかり下がったのですが、咳がひどくて声がえらいことに。
中村あゆみ(←古い)、もしくはもんたよしのり(←古い)と一緒に暮らしてるみたいです(世代的にわからない人はついて来なくてよろしい)。

それから。
ついに…南米行きのチケット買っちゃいましたー!
アリタリア航空で12月6日のスペイン・マラガ発、ローマ経由でアルゼンチン・ブエノスアイレス行きです。
1人529.8GBP(イギリスポンド)、購入時のレートで約70200円。
…高いよぉ(涙)。
メキシコやブラジル行きならもっと安いチケットもあったんですが、まぁ、南米入りした後のことを考えると、ブエノスアイレスに入るのが何かと都合がいいので仕方あるまい。
メキシコから入っちゃうとウユニまで辿り着くのが大変だし、ブラジルだとビザ取るのが大変だし。
とにかく南米入り決定!
楽しみだー。



さて、アレッポの続きから。

前日休みでは入れなかったアレッポ城へ行きましょうか。

まずは腹ごしらえ。
本当は「歩き方」に載っていた巨大なファラフェル(豆コロッケ入りサンドイッチ)を食べたかったんだけど、ラマダーンゆえ閉店中。
残念。


で、近くにあったパン屋さんへ。
ピザパンみたいな感じです(スフィーハという、らしい)。


店内に並んでいるパンを指差したら、釜の中で温め直してくれました。
美味し。


というわけで、アレッポのシンボルであるアレッポ城へ。
深さ22mの堀に囲まれ、周囲が2.5kmもある巨大な要塞です。
ちなみにここは『古代都市アレッポ』として世界遺産に登録されています。
ボクらにとって49個目の世界遺産となりました。


12世紀の十字軍、13世紀のモンゴル軍、1400年のティムール朝の侵略などに耐え忍び、北シリアいちの難攻不落の城塞として有名になったそうです。
入場料は学割で10SP(約20円)。
実はこの時、学生証の名前の部分が手書きであることをとがめられ(本物はもちろん印字)、危うくニセモノであることがばれそうになったのですが、勢いで押し通しました。
ちなみに正規の入場料は15倍の150SP(約300円)です。
あぶね。


城門。
蹄鉄満載ですな。


壁から突き出たアナタは誰。


城の内部へ。


アレッポ城、見に来る前はあんまり期待していなかったのですが、実際来てみると思った以上にしっかり残っていて、見ごたえがありました。


石畳をてくてく。
高い所に上ってみましょうか。


城内を見渡す。
真ん中に見えるのはモスクの跡でしょうかね。


城壁からアレッポの街を見渡す。
見事なまでに灰色の建物ばかりですな。


城内のあちこちにこんな丸屋根がいくつもありました。
あのぶつぶつは何?


近づくとこんな感じ。
明かり取りの窓だそうです。
王蟲の目みたい。


ここは…何かの特別な部屋です。←よくわからず
王様が…いたりいなかったり。←適当


天井の装飾がめっちゃきれい。


城内には円形劇場もありました。
これは修復されたものでしょうね。


陽気なシリア人。
城内の案内までしてくれました。

というわけで、アレッポ城探検終了。


安宿街の近くにあるランドマーク、クロックタワー。
きれいですなー。
オスマン時代のものだそうな。
ちなみにシリアの街にはたいていクロックタワーがあるのですが、時間が合っていたためしがありません(それどころか面によっても時間がバラバラ)。


さて、翌日。
アレッポからハマという街へ移動することにしました。
まずは宿から長距離バスターミナルであるガラージュ・ラムーゼへ向かいます(シリアではバスターミナルのことをガラージュという)。


宿から歩いている途中に見かけた考古学博物館。
何かがおかしい…気がしますね。

ガラージュ・ラムーゼ行きのローカルバスが通るであろう道端に立って、通りかかるバスに片っ端から「ガラージュ・ラムーゼ?」と聞きまくっていたところ、1台のバスの運転手が「乗れ」とのこと。
おぉ、見つかったーと思って乗り込んだところ、走り出して1分もしないうちに停車。
おや?と思っていると、バスの運転手がボクらの手を引っ張って別のバスまで連れて行ってくれました(当然、その間自分のバスはほったらかし)。
どうやらそっちのバスが本当のガラージュ・ラムーゼ行きのバスだったようです。
いやぁ、親切な人だなぁ。

というわけで、無事ガラージュ・ラムーゼに到着(バスは5SP、約10円)。


ガラージュの入り口近くにあったVIPというバス会社でハマ行きのチケットを購入(95SP、約190円)。
バスはそんなにVIPじゃなかったですが。


シリアでは都市間を走る大型の長距離バスをブルマンバスと言います。
他に都市間を走るものにはワゴンタイプのミクロバスや、乗り合いタクシータイプのセルビスなんかがあります。


2時間ほどでハマのガラージュ・ブルマンに到着。
その近くから街の中心部へと向かうセルビスに…乗ったつもりだったのですが、降ろされたのは思っていたよりずいぶん遠いところだったらしく、目指す宿まで20分も歩く羽目になってしまいました(ガラージュ・ブルマンから宿まで歩いても20分くらいで着く)。

ハマには定評のある安宿が隣り合って2軒あります。
その2軒とはRiad HotelとCairo Hotelなのですが、何となく向かって右側のRiad Hotelにチェックインしました。
4ベッドあるファン付きのドミトリーで1人350SP(約700円)。
トイレとシャワーは共同です。
情報ノートや日本語の本なんかもありました。
いい宿でしたよ。

一息入れた後、ハマ散策へ。
オロンテス川の中流に位置するハマは、昔から川の水を利用した農業が盛んなところです。
川から用水路に水をくみ上げる現役の水利施設である水車がハマの名物になっている…はずだったのですが。


…回ってないし。
この時期は水量が少なくて、川が全然流れていませんでした。
それどころか、かなり水がよどんですごい色になっていますな。

じゃあ、アル・モハンメディーエという、直径20m以上もあるハマで一番大きな水車はというと…


もちろん回っていませんでした。
無念。


こんなよどんだ川(というか水たまり)でも子どもたちは元気に遊んでいました。
結構においもするくらいだったので、いろいろと心配になります。


とり付かれたかのように、ひたすら飛び込みを繰り返していました。


こんなところでも魚が釣れるようです。
ナマズっぽい感じ。
しかしあんなよどんだ水から釣れた魚なんか食って、大丈夫なんだろうか…。


えへっ。


帰りがてら、旧市街の辺りをうろうろしてみました。
迷路のようになっていて、ちょっとおもしろい。


シリアでも道を歩いているとよく「一緒に写真撮ってー。」と声をかけられます(特にKAO)。
そして印象的なのは「Welcome to Syria!」です。
どこへ行っても、どこを歩いていてもこの声を聞くことができます。
イランでもそうでしたが、アラブ圏の国々ではみんなが歓迎してくれている感じが非常に心地よいですな。
そしてこれもイランの時と同様、ボクらが日本人だとわかると非常に友好的な反応を示してくれます。
うれしい限りです。


アザーンの鳴り響く中、日が暮れる。

さて、晩ご飯。


これはホンモス
ヒヨコ豆をすりつぶしてペースト状にし、タヒーナと呼ばれる白ゴマのペーストやレモン汁を混ぜてニンニクなどで味付けしたもので、アラブ圏では定番中の定番料理です。
オリーブオイルが混ぜられていることもあります。
写真は挽肉ののった豪華バージョン。
これをホブスと呼ばれるアラブパンですくって食べると、美味いです。
似たようなものとしてはそら豆(?)をペースト状にしたフールや、焼きナスをすりつぶしてペースト状にし、タヒーナ(白ゴマペースト)と混ぜたムタッバル、ヤギの乳から作ったヨーグルトとオリーブオイルを混ぜたラバン・メーズなどがあります。
どれもホブスにつけて食べたり、他の料理につけて食べます。
美味いっす。

ちなみにハマの近くにはホムスという街があります。
ホブス、ホンモス、ホムス…。
ややこしいですな。
「ホームステイ先のホムスでホブスにホンモスをつけて食べた。」
この文章の意味がわかるようになったら、アナタも立派なシリア通です。


付け合わせとしてはすりつぶした豆にスパイスなどを入れて揚げたコロッケ状のファラフェルやサラダ(といってもトマトだけですが)、ミントの葉などが出てきました。
1人あたり150SP(約300円)。
美味しゅうございました。

ちなみに宿の近くのアリババという店で食べました。
基本的にはいい店だと思うのですが、まれに非常に態度の悪い店員がいるのでご注意を。
ローカルな店に比べると、値段も高めです。
まぁ、ラマダーン中だったので、ほとんど選択の余地がなかったんですけどね。

[PON]