ミャンマーバスの洗礼。

  • 2010/02/27(土) 17:46:02

<現在、ミャンマー・ニャウンウーにいます。ふたりとも健康です。>
*2010年2月22日〜23日の日記*


ミャンマー日記も3回目になるのに、やっとミャンマー滞在2日目からの話です。


2010年2月22日、この日は夕方のバスで移動の予定だったので、午前中はのんびりと
過ごすことにしました。

まずは朝ご飯。
前述したようにここ「Tokyo Guest House」は金子さんという日本人が経営しています。
よって朝食も和食がメインです。
白米に和風スープ、サツマイモを炊いたものなんかが出てきました。
久々の和食!
やっぱり白米(日本米ではないっぽい)は美味い!
あまりのことに写真撮り忘れちゃいました。

しかしそれにしてもこの宿は居心地がいいです。
リピーターが多いのも十分にうなずけます。
リビングルームにはたくさんの情報ノートがあり、また他の旅行者とも情報交換ができるので、
未知の国ミャンマーの旅を始めるにはうってつけの場所だと思われます。
そのリビングルームも日本語の本やガイドブックなんかが置いてあり、のんびり読書なんか
しているとお茶を出してくれたりしました。
従業員も気さくで明るく、気が効く人ばかりです。
まぁ、多少古ぼけてはいますが、おすすめの宿です。


さて。
ヤンゴンには1泊だけして、ニャウンウーという街までバスで移動することにしました。
そのバスが出るアウンミンガラーAun Min Ga Larバスセンターまで行くのに、タクシー
だと40分くらいで着くんですが、ローカルバスだと2時間半はみておいた方がいいとのこと。
タクシー7000Kに対し、ローカルバス200K…
ローカルバスで行くことにしました。
バスセンター行きのバス乗り場(←わかりにくい)までミャンマー人の熱い視線を感じながら
(でかいバックパック背負った人が珍しいっぽい)歩くこと10分、バスがいっぱい止まっている
ところに到着。
43番のバスに…ミャンマー数字が読めない
ガイドブックと照らし合わせていると、暗号を解読している気分になりました。
でも周りのミャンマー人が寄ってたかって助けてくれるので、難なくバスに乗ることが
できました。
1人200K…のはずだったんですが、荷物がでかくて2人で4人分くらいの席を使って
しまったので、1人350Kでした。

1時間ほどでアウンミンガラー・バスセンターの前に降ろされました。
が、実はここからが大変。
バスセンターのでかいことでかいこと



こんな通りが何十本もあって、ちょっとした街くらいの大きさがありました。
親切なミャンマー人のあっちだよーあっちだよーの声に従って歩くのですが…
と、遠い。
炎天下の中20分以上歩いて、やっと目的のバスオフィスまで辿り着きました。
バスセンター内で遭難するところでした。

ちなみにミャンマー国内で走っているバスのほとんどは、他の国のお古のようです。
特に多いのが日本製。
どうやら日本語が書いてあるのがかっこいいということらしく、文字もそのまま残っています。



ボクらの乗ったのはJR中国のバスでしたが、他にも「妙高高原」とか「中央バス」とか
日本のありとあらゆる地方のバスを見かけます。
「道南バス」とか見かけるとテンション上がります。


物売りのおっさんからおやつ用にミカンを一袋買って、準備OK。
16時半ごろ、バスはヤンゴンを出発しました。
4回くらいトイレや食事などの途中休憩があります。
途中で寄った食堂で食べた豚の角煮みたいな料理がめっちゃ美味かったです。
夜中に寄った軽食店みたいなところで降りた時は、なぜか歯ブラシを配られました。
…歯ブラシとかいらんから、安くしてくれ。
誰も使ってなかったし。

で、目的地ニャウンウーに到着したのは朝6時頃…だったのですが。
いやぁ、つらかった。
補助席まで人が座って込んでいるし、冷房は効きすぎているし、とにかく座席が狭い。
今までいろいろ大変な移動がありましたが、今回が一番寝られなかった…。
体も痛いし。
12時間弱、修行のようでした。


ニャウンウーのバスターミナルに降り立つと、わらわらと馬車が集まってきます。
宿の名前を告げると2人で2000Kで行ってくれるとのこと。
しかしKAOの「高い!」のひと言であっさり2人で1000Kになりました。
さすが。

へとへとになって辿り着いた宿はInn Wa Guest House。
朝早いにもかかわらず、宿の人は非常に丁寧な対応をしてくれました。
1部屋しか空きがなく、ホットシャワー・エアコン・テレビ・冷蔵庫付きのツインルームで
1泊14US$とちょっと高め。
エアコンやテレビ、冷蔵庫などは必要なかったのですが、もうとりあえず眠りたかったので、
翌日以降安い部屋が空いたら移るということにして、その部屋に決定。
ミャンマーの宿では安宿でも荷物を部屋まで運んでくれます。
チップなども要求されません。
素晴らしい。
2階のテラスが目の前という素敵な部屋でした。
…が、とりあえずそんなことより眠い。
ちょうど停電中ということもあって、そのままふたりして昼まで爆睡しました。

おそるべし、ミャンマーのバス。
あと2回も長距離移動があるんだよなぁ…。

[PON]

一周仲間。

  • 2010/02/26(金) 20:13:54

<現在、ミャンマー・ニャウンウーにいます。ふたりとも健康です。>
*2010年2月21日の日記*


ネット回線の状態が悪すぎる…。
ブログの更新だけで日が暮れそうです。
メールとかコメント返しとか、ちょっとお待ちを。


というわけで2010年2月21日、ミャンマー入国初日の話の続きからです。


翌日すぐにニャウンウーという街へ移動する予定だったので、まずは宿でバスチケットの
手配をお願いしました。

その前にとりあえず両替。
街中にうろうろしている闇両替兄ちゃん(もしくはおっさん)に頼むという手もあるのですが、
手品まがいの手口で騙されることがちょいちょいあるらしいので(目の前で数えている時は
ちゃんとあるのに、後で数えると足りないらしい)、宿でお願いしました。
現在は1US$=1000K前後で取引されているらしいですが、この宿では1UD$=950Kです。
最高額紙幣が5000Kなので、とりあえず100US$両替しただけで、とても財布に入りきらない
くらいのえらい枚数になりました。
ちなみにこの国でUS$を使う場合、少しでも汚れていたり破れていたりすると受け取りを
拒否されてしまいます。
現地通貨チャットの場合は「これって紙?」っていうくらいボロボロでも使えますが。

ニャウンウー行きのバスチケットは18000K+手数料500K。
この500Kは手数料というより、チケットを買いに行ってくれた少年へのお小遣いです。
翌日の16時発のバスになりました。


まずは腹ごしらえついでに、街の散歩に出てみました。
ヤンゴンはミャンマーの中でも比較的観光客の多い街のはずですが、それでも外国人が
珍しいらしく、ものすごい見られました。
さながら動物園の動物になった気分です。



ミャンマーは非常に停電の多い国です。
ここヤンゴンも例外ではなく、おそらく1日の半分くらいは停電してるんじゃないでしょうか。
よって写真のような大型の発電機を街のあちこちで見かけます。
どこの店でも発電機を持っているというわけではないので、例えばそういったネット屋
なんかは停電になった時点で臨時休業に入ります。
夜にロウソクだけでやっている食堂なんかをよく見かけました。
ボクらの宿も発電機が無かったので、停電中はロウソクと非常灯が活躍しました。
ちなみにボクらはヘッドライトを持っているので、停電でもわりかしへっちゃらです。
ミャンマーへご旅行の際は懐中電灯をお忘れなく。



仏教国ミャンマーの象徴ともいうべき仏塔「パヤー」(英語では「パゴダ」)があちこちに
あります。
写真はヤンゴンの街のランドマーク的存在のスーレー・パヤーSule Payaです。
ヤンゴンの市街はこれを中心に設計されています。
中にはお祈りをしている人がたくさんいました。



ミャンマー国内には外資系のファーストフード店が1件も無いそうです。
代わりにあるのがそれらの模倣店。
写真の店は見ての通り「Tokyo Fried Chicken」…何の模倣店かは言わなくても
わかりますね。
他にも「Mister J' Donuts」や「Mac Burger」なんてのもあります。
どの店内も意外と賑わっていました。



この国で一番困るのが、今まで行った国の中ではダントツで英語表記が少ない
ということです。
特に困るのが、ビルマ数字が全く読めないこと
バスに乗ろうと思っても、何番のバスだかさっぱりわかりません。
写真の場合もどれが数字かすらわかりませんね(たぶん右上と左上がバスの番号)。
店のメニューを見ても、品名もわからなければ値段もわからなかったり。
街なかでも英語が通じない人がたくさんいます。
食堂の店員とかでも言いたいことだけは英語で一方的に言えるものの、こちらの質問には
さっぱり答えられないなんて人もざらにいます。
それでも何となく身振り手振りで通じてしまうものなんですが。



のどが渇いたので、路上喫茶店で一休み。

ちなみにこの時期のヤンゴンは昼間の日なたでは結構暑いですが、湿度が少ないので
日陰に入るとそれほどでもありません。
朝晩は涼しくて過ごしやすい感じです。

ミャンマーの人は喫茶店でコーヒーやお茶を飲むのが好きだそうで、このような路上喫茶店を
よく見かけます。
アイスコーヒーを注文してみたところ、本来メニューには無かったらしく、最初は困って
いましたが、がんばって作ってくれました。
ありがたや。
ここでは1杯350K、35円くらいでした。
ちなみにこの国でのコーヒーは基本的にインスタントで、コンデンスミルクをたっぷりと
入れてくれるので激甘です。
また必ず中国茶のサービスがあって、テーブルの上にはポットやヤカンに入ったお茶と
小さな湯飲みががのっています。
このお茶で延々粘っていても怒られません。
他にもテーブルの上にはちょっとしたお菓子がのっていて、食べた分だけ後で自己申告して
清算します。

ところで写真の女性のほっぺに何か塗ってあるのがわかりますかねぇ。
なにもファンデーションを部分的に厚く塗りすぎたわけではなく、「タナカ」という
柑橘系の木の幹をすり下ろした粉で、伝統の自然化粧品だそうです。
日焼け止めとして使うそうですが…何ゆえ部分的に厚く塗るんでしょうね。
主に女性と子供が使うそうですが、男性でも多くの人が塗っていました。



腹が減ったので、近くにあった屋台へ。
英語があまり通じなかったので正確にはよくわかりませんが、ガイドブックによれば
たぶんジョン・カオスエという麺料理だと思います。
小麦麺を油で和えたような汁なし麺で、鶏肉とネギが散らしてあります。
揚げニンニクがアクセントとなって、ひっじょーに美味い
飯がまずいと評判のミャンマー、来てみないとわからんもんです。
ちなみに1杯500K、50円です。
安い。


そこら辺を一回りして、宿に戻ってきました。
日本人経営の宿ということもあり、宿泊客はほとんど日本人です。
オーナーの金子さんはもちろんのこと、従業員たちも片言の日本語を話すので
非常にありがたい。

ミャンマーで接客業に携わっている人は、思っていた以上に非常に丁寧な受け答えをしますし、
客への対応もきちんとしています。
最初は日本人経営の宿だから従業員もきちんとしているのかなと思っていたのですが、
街なかの食堂なんかへ行ってみてもすごくきちんとした感じでした。
行った店がたまたまという可能性もありますが、そういった国民性なんじゃないかなぁ
という気がします。


この日の晩飯は宿のオーナーの勧めで、斜め向かいにあるPOWERという食堂に
行ってみました。



(写真暗すぎ。)
この国は生ビールが安い。
小さめのジョッキで1杯500K、50円です。
なぜかビンビールよりもだいぶ安い。

チャーハンとキノコの炒め物、フライドチキン(ほぼ鳥の唐揚げ)を食べてみました。
言われていたようにどれも若干油っぽい感じではありましたが、美味しく食べることが
できました。
強いて言えば、味が薄めってところですかね。
どれもだいたい2000K前後といったところです。


宿では何人かの日本人に会いましたが、特に2人の人と仲良くなりました。
ボクらを含め、全員が世界一周中ということもあり、話は大いに盛り上がりました。

まずはMさん。
彼は(失礼な言い方かもしれませんが)ぱっと見は欧米人さんでした。
手元を見ると日本語の本を熱心に読んでいたので、日本語の勉強をしているんだなー、
すごいなーなどと感心していたのですが、話しかけてみるとばりっばりの日本語。
ハーフなんだそうで、幼い頃から日本で育ったので、むしろ英語の方が苦手とか。
彼もボクら同様仕事を辞め、去年の7月から西回りで世界一周を始めたそうです
…西回りで世界一周なのに、7ヶ月以上も経ってまだミャンマーって。
ボクら以上に、はるかにのんびりペースです。
聞いてみると、中国に2ヶ月くらいかけていたり、カンボジアで友人の学校造りを
2ヵ月半ほどボランティアで手伝ったりしていたそうです。
なるほど。
一応3年を予定しているらしいのですが、こんなペースで3年で世界一周なんて
無理でしょーとからかったら、そっちこそこんなペースで2年なんて無理じゃないの?
と返されてしまいました。
ま、返す言葉も無いですが。
Mさんとはまたどこかで会いそうな気がします。

もう1人はIさん。
彼は既に学生時代に一度世界一周をしたことがあるというつわもので、今回も
フリーという強みを生かしてばしっと仕事をストップし、南米スタートの東回りで旅を始め
既に1年5ヶ月が経過、あと1ヶ月で帰国予定という人でした。
ボクらと回り方は逆ですが、北アフリカや中東、中央アジア辺りの旬な情報を
わんさか持っていたので、質問しまくりでした。
これからもメールとかでお世話になりそうな感じです。
ちなみに彼の今回の東南アジアルートは、以前行っていない所ということで、ミャンマーと
ブルネイとマレーシアの聞いたことも無い島…。
マイナー過ぎる。
東南アジア旅行でミャンマーとブルネイを選択する旅行者はなかなかいないと思われます。
ブルネイなんてどこにあるかピンとこない人の方が多いんじゃないでしょうか。
ちなみにIさんは大の酒好きらしく、飲んでもまるで酔っ払った風にはならないものの、
夜はもちろんのこと、朝食後とかにもウイスキーやらビールやらを飲んでいました。
Iさーん、酒の飲み過ぎは(いろんな意味で)体に良くないですよー。

と、こんな風に旅ネタ満載の二人だったので、とにかく話しているのが楽しかったです。
この後も何人かの日本人に各地で会いましたが、わざわざミャンマー辺りまで足を伸ばす
旅人ってのは、やっぱり旅慣れた人や長期旅行者ってのが多いですね。
普通ミャンマーは選択肢に上がらないもの。
言葉を変えれば、いろんな意味で変わった人が多いですな。
もちろん自分らを含めて、ですが。

[PON]

ミャンマー突入。

  • 2010/02/25(木) 19:31:36

<現在、ミャンマー・ニャウンウーにいます。ふたりとも健康です。>
*2010年2月20日〜21日の日記*


2010年2月21日、ついに未知の国ミャンマーへ入国します。

前日はまたしばしの別れとなる世界一周中のS君と晩飯を食って飲みました。
隣に座ったオランダ人夫婦はなんと1年かけて自転車でタイまで旅をしてきたという
つわものでした。
5人で盛り上がった後、ボクらは宿に戻って就寝。
早朝、というか深夜2時半に起き、4時のエアポートバスに乗って空港へ。
さすがはアジアを代表するハブ空港の一つ、早朝にもかかわらずカウンターには
たくさんの人が並んでいました。
ミャンマー・ヤンゴン空港へはAir Aisaを利用します。
1人3445バーツ、9300円くらいです。

ちなみに現在ミャンマーへは基本的には空路で入ることしかできません。
タイや中国国境の一部が開放されているそうですが、そのほとんどはイミグレーションに
パスポートを預けた上、数キロ範囲内の観光が認められているだけです。
どこかは忘れましたが1ヶ所だけ、そこからの国内観光が認められている所が
あるそうですが、その場合もとりあえず国内を空路で移動する必要があるそうです。
そして出国は空路のみが認められている状態です。
国境にパスポートを預けて観光する場合を除けば、空路で脱出するしかありません。
また外国人が観光で行ける場所も限られています。
特定の交通機関のみでの移動が認められている地域なんてものもあります。
入域許可証のようなものを発行してもらえば行ける範囲は広がるようですが、
そういった手続きを踏まずに立ち入り禁止区域で見つかった場合、尋問・逮捕・
国外退出
などが待っているようです。
日本人宿にある情報ノートやブログなどで、実際逮捕された人の話なんかも読みました。
まぁ、こればっかりは政府(軍事政権)の方針なので、仕方がありませんね。
あんまり無茶はしないようにします。


1時間ちょっとのフライトでヤンゴン空港には朝8時に到着。
入国審査でも拍子抜けするほど何もなく、無事ミャンマー入りすることができました。
半年近くかかって、やっと10ヶ国目です。
西回りで世界一周するというのに、初めて出発地点であるタイより西の国に行きました。
ここからは本当に西回り…だと思います。


ミャンマーについては(自分たちも含めて)あまり知らない方が多いと思いますので、
ほんのちょっとだけ解説。

正式国名はミャンマー連邦Union of Myanmar、どの辺にあるかは自分で地図で
調べてください。
皆さんの中にはビルマという国名を記憶されている方もいると思いますが、1989年に
ビルマ連邦からミャンマー連邦へと変更されたそうです。

首都は元々ヤンゴンYangon(以前はラングーンRangoonと呼ばれていた)だったのですが、
2006年にネーピードーNaypyidawに遷都され、現在一般の旅行者は立ち入ることが
できないようです。

国民の85%が仏教徒(南方上座部仏教)、公用語はビルマ語、日本との時差は
-2時間30分です。

通貨はミャンマー・チャットKyat(K)ですが、US$も普通に使うことができます。
で、為替レートなんですが、これが不思議な感じで。
政府の定めている公定レートは1K=約20円なのですが、実際そこら辺のゲストハウスや
怪しげな闇両替のおっちゃんに頼むと、1US$=900〜1000Kで交換してくれます。
つまりかなり大雑把に計算すれば、1K=約0.1円ということになります。
逆に換算すると、公的な機関で両替すると1000円は50Kにしかなりませんが、
闇両替では1000円は10000Kになり、実に200倍ほどの開きがあることになります。
この辺は経済の実態を全く無視した軍事政権のなせる業なんでしょうな。
まぁ、実際公的機関で両替する人なんていないみたいですが。

ところがこれについて面白い話がありまして。
例えばミャンマーで病院にかかって、仮に10000K(実勢レートで1000円)だったとします。
これを日本の海外旅行用の保険会社に申請した場合、公的レートを適応するため、
実際には1000円しかかかっていないのに、200000円ももらえちゃったりするそうな。
それから。
ミャンマーの日本大使館でパスポートを作り直そうとした場合、正確にはいくらか知りませんが
例えば日本円で16000円だったとしましょう。
それを公的レートで換算すると800K、すなわち実勢レートで80円くらいになって
しまうのです。
実際はもうちょっと高いらしいのですが、それでも100数十円でパスポート更新が
できるため、それをメインの目的としてこの国に来る人までいるとか。
不思議な国ですなぁ。

その他のミャンマー情報については追々。


さて。
空港からヤンゴン市内まではタクシーで移動します。
タクシーはメーター制ではなく交渉制なのですが、聞いていた通り、ミャンマーの人はあんまり
高値をふっかけてくることもなく、また高いと思って断ればあっさりあきらめて、しつこく
言い寄ってくる人はほとんどいません。
タクシー代も7US$か6US$しか言う人がいないので(事前に聞いていた値段と一緒)、
6US$でお願いしました。
めんどくさくなくて、いい感じです。
空港にいた人たちやタクシーの運転手さんも非常にフレンドリーで、しかも英語のレベルが
あまり高くないので、ボクらにとってはかなりわかりやすい感じでした。
途中でタクシーの運転手が
「ここ左に曲がって2キロくらいで、すーちさんち。」
「…すーちさんち?」
「すーちさんち。」
「…すーちさんち?」
何度かこの問答を繰り返しているうちに、アウンサン・スーチーさんの家であることが
判明しました。
不勉強のため、現在スーチーさんが軟禁状態なのかどうかわかりませんが、ニュースなどで
よく耳にしたあのアウンサン・スーチーさんの家がすぐそこであることに驚いてしまいました。
詳しいことはご自分で調べてもらった方がいいと思いますが、軍事政権の手によって
幾度と無く自宅監禁されている、ノーベル平和賞を受賞した、あのスーチーさんです。

ちなみにミャンマー国内の公の場でスーチーさんの名前を出すのは、やはりタブーの
ようです。
どこで治安警察の手の者が聞いているかわかりませんから。
しかしその一方で国民の大方はスーチーさんを支持しているそうです(って、そりゃそうか)。
タクシーの中では普通にスーチーさんの名前を出していましたが、こういった密閉された
空間の中で、かつ相手が外国人だったからでしょうな。
加えて言うと、ガイドブックによればインターネットカフェは最近増えてきているものの、
政府による閲覧制限がかけられていて、例えば「〜ne.jp/」のアドレスにはアクセスできない
とか(まだやっていので、実際のところはまだわからず。追って報告します。)。
ウェブメール(Hotmailとか)もまだ使えないところが多いそうです。
…あれ。
このブログの内容、ヤバいべか。
もしこの日記をアップした後に連絡が途絶えたら、そういうことだと思ってください
(笑←笑いごとじゃない)。


というわけで、30分ほどでヤンゴン市内へ到着。
宿は『Tokyo Guest House』という名の通り、日本人の金子さんが経営する、いわゆる
日本人宿です。
…が、部屋が空いていない。
唯一、上の階の瞑想室の隣の狭い部屋なら泊まれるとのこと。
…瞑想室?
付いていってみると、確かに瞑想室というだけあってがらんどうの真っ暗な空間が。
で、その隣に扉が。



…狭っ!
天井も低く、頭がつっかえるくらい。
でも1泊だけの予定でしたし、逆におもしろいということでそこに泊めてもらうことにしました。
当然空調なし(開きっ放しの窓だけ)、シャワートイレ共同です。
宿の人もすまなそうに値引きしてくれたので、1泊8US$でした(この国ではダブルで10〜
15US$が相場)。
実際寝る分には空調が無くても全く問題ありませんでした。


いやぁ、たった1日のことなのに、まだまだ書きたいことがたくさん。
というわけで、ミャンマー到着初日の出来事は次回へ続きます…。

[PON]

ミャンマービザ、ゲットー!

  • 2010/02/20(土) 15:55:39

<現在、タイ・バンコクにいます。ふたりとも健康です。>


前回書いたように、タイの次に行く国はミャンマーにしました。

そもそも何ゆえミャンマーに行くことにしたのか。
元々はミャンマーは行きたい国リストの中には入っていませんでした。
そもそもどの辺にあるのかもよく知らなかったですし、アウンサン・スーチーさんの件も
あるし軍事政権の国だから怖そうだなーとか、そんなイメージしかありませんでした。
あと知っているといえば、映画『ビルマの竪琴』くらいでしょうか。
ところが。
実際旅行した人の話を聞いてみると、もちろん旅行者の立ち入りが禁じられている区域は
たくさんあるそうですが、いわゆる観光地については全く不便なく旅行することができ、
しかも人々が穏やかで優しくて非常にいい国だと、みんな口を揃えて言うではありませんか。
しかも。
ミャンマーにあるバガン遺跡は世界三大仏教寺院の一つに数えられています。
アンコールワット(カンボジア)、ボロブドゥール(インドネシア)を見て大いに感動した
我々が、残りの一つを見ない手はありません。
それじゃあ、いっちょ行ってみようや、ということになったわけであります。
ちなみに。
唯一の欠点は飯が不味いこと、だそうです。
まぁ、この辺は自分たちの舌で確かめてみようと思います。


というわけで、ミャンマーのビザを取ることにしました。
取ることにしましたなんて簡単に書きましたが、一時期はミャンマー国内で日本人が
殺害されたとかなんとかという事件のせいで(←よく知らない)、取得が困難な時期も
あったようですし、軍事政権の国なので、例えばジャーナリストなんかにはビザを
出したがらないなど、誰でも彼でもすんなり取れるというわけではないようです。
聞いた話では、先日2人の学生がミャンマービザを取ろうとしたところ、学生証を
提示した方にはすんなりビザが下りた一方で、学生証を日本に忘れてしまった方には
ビザが下りなかった、なんてこともあったようです。
それにビザ申請時には質問という名のプチ尋問もあるとか。
主な目的はジャーナリスト関係者などのミャンマーにとって不利益な人間ではないか
どうかを見極めることらしいです。
よって職歴に関する質問が多いとか。
おっかないですなぁ。


2010年2月15日、ミャンマービザを取るべく、徒歩とエクスプレスボートとBTS
(地下鉄みたいなやつ)を乗り継いでミャンマー大使館へ。
混むこともあると聞いていたので営業(?)開始30分前に着いたのですが、
月曜日ということもあって(土日は休み)、大使館の外には既に結構な人数が
並んでいました。

9時に門が開いたので、中へ。
まずは並んで申請用紙を受け取ります。
記入欄に「目の色」とか「髪の毛の色」とか「皮膚の色」とか書き込む欄があるのが
おもしろいですな。
そしてやはり職業に関して書き込む欄が広い。
普通は現在の職業を書くだけでいいのですが(「会社員」とか「主婦」とか)、この申請書には
会社名や役職名、所属部署名、それに現在までの職歴や実際の仕事内容を
書くところまでありました。
正確には現在二人とも無職なのですが、突っ込まれると面倒なので、二人とも卒業以来
現在まで「獣医」「看護師」をやっていることにしました。

申請用紙3枚、パスポート、パスポートのコピー、写真2枚を用意して受付番号カードをもらい、
待つこと1時間半、11時過ぎにやっと自分らの番号が呼ばれました。
プチ尋問タイムの始まり、ここからが勝負です。
大使館の人のさじ加減で、ミャンマーへ行けなくなる可能性があるわけですから。
ちなみにボクは若干見た目が怪しいので、少しでも印象を良くしようと、悪あがき的に
襟付きのポロシャツなんか着てきてみました。
見た目怖そうな感じの係員に書類を渡して、目を通している間じっと待ちます。
「今までミャンマーに行ったことは?」「No」
「いつ行くの?」「来週」
「二人で行くのか?」「Yes」
緊張していたせいで、ちゃんと「Yes,sir」「No,sir」と答えようとしていたことなんて、
すっかり忘れてしまいました。
…が。
「…OK。じゃあ、1人810バーツ。」
どうやら受け付けてもらえたようです。
よかったー。

翌日の午後。
ウキウキしながら、再度ミャンマー大使館へ。
窓口に行って受け取り用紙を渡すと…
「受け取りは明日ですよ。」
…およよ。
返してもらった受け取り用紙を見ると、確かに明日の日付が書いてある。
ガイドブックに翌日発行と書いてあったので、すっかりその気でいました。
つーか、無事プチ尋問をクリアして浮かれていたので、ろくに見てなかったんですな。
痛恨のミス。
ちなみに宿から大使館までは、片道1時間以上かかります。
帰りも当然1時間以上かけて、とぼとぼと宿まで帰りました。

というわけでさらにその翌日の午後、3度目のミャンマー大使館です。
…ついにミャンマービザ、ゲットん。
長い道のりでした。←3分の1は自分のせい
これで晴れてミャンマー入りできることになったわけです。
まぁ、正確にはビザとはあくまでも入国推薦状であって、入国を保証するものでは
ないので、最終的な入国の可否は入国管理官のさじ加減によって決まるわけですが。
よって、「アンタ、ひげで坊主だからダメ」って言われたら、ビザ持ってても泣いてタイに
帰らなければならないわけです。
無事の入国を祈っていて下さい。


あとバンコクでしなきゃいけないことと言えば…特にない。
(バンコクも3度目なので特に目新しいものもなく、よって写真もほとんど撮っていません。
故に最近文章だらけのブログになっています。)
強いてやったことと言えば、ミャンマーではATMで現地通貨を下ろすことが
できないらしいので、一般的に国内で流通しているUSドルを両替所で多めに手に
入れたことと、近所の旅行代理店に行って、ミャンマーから出国するための
航空機チケットを手に入れたことくらいですかね。
あとはひたすらガイドブックとにらめっこしながら、今後のルートについてあーでもない
こーでもないと、KAOと話し合って過ごしていました。
まぁ、実際は情報収集という名の下、毎日コーヒーやビールを飲みながら、ガイドブックと
PCを開いてだらだらと過ごしているわけですが。

というわけで、ここバンコクで10日ほどの充電期間を終え、明日ミャンマーへと向かいます。
おぉ、珍しく実際の行程に日記が追いついた。


〜追記〜
えーっと、たった今、上記の「ミャンマー・ヤンゴン〜インド・コルカタ」のチケットを受け取って
きたのですが…
タイプライターで印字したようなぺらっぺらの紙切れ
それにかすれた赤インクで『E-Ticket』って判子が押してあります。
うーむ、不安満載。
インド人経営の旅行代理店だからなぁ…。
飛行機、ちゃんと乗れますように。

[PON]

2度あることは3度ある。

  • 2010/02/17(水) 13:04:00

<現在、タイ・バンコクにいます。
 ボクはたんこぶもむち打ちもだいぶ良くなってきました。KAOは健康です。>


デジカメ、壊れたー。
…痛い。
激痛です。


さて。
我々にはここバンコクでやるべきことがいくつかあります。
ミャンマー、インド、ネパールのビザを手に入れること、
今後訪れる予定の国々のガイドブックを手に入れること、
そしてそれらを元に今後のルートを考えることです。


ガイドブックはそこら辺にある古本屋を回って、とりあえずこの先数ヶ月で必要に
なりそうな国のものを探し回っています。
見つからなければ、バンコクの中心街に日本書籍を扱う紀伊国屋書店があるので、
そこを頼りにします。
ただし。
以前見た時は、日本の1.5倍くらいの値段で売っていたので、できれば古本屋で
探したいところですが、だいぶ古いものが多いですし、レアな国のものはなかなか
見つかりません。
いろんなものが揃っているバンコクを離れる前に、ある程度は揃えていこうかと思っています。


ルートに関しては、今のところ大雑把ではありますが、まずはタイからミャンマーへ
空路移動、その後ミャンマーからインドへと空路で移動し(というか現実的にはインドへ
陸路で抜けることはできないらしい)、ネパール、チベットと訪れてから、再びネパール、
インドへと戻ってこようかなーと思っています。

何でわざわざ戻ってくるかというと、詳しくは後日改めて書くことになると思いますが、
現在ネパールからチベットへ行けるかどうか微妙なところらしいのです。
去年ネパールへ行った人のブログを読んだところ、全く行く方法がなかったとか。
以前は問題なくチベット入りできたようなのですが、暴動やら何やらいろいろあったおかげで、
中国政府がだいぶ過敏になっているようです。
外国人の立ち入りが制限されている地域も多いとか。
いろいろ隠したいんでしょうなぁ。
仮に行けたとしても、何らかのツアーに参加するという形でなければならないとか。
そういったツアーは料金も非常に高く、行動もかなり制限されるようです。
チベットは見たいところたくさんあるのになぁ。

ただし。
いろいろ裏ルートはあるようです。
オーソドックスなのは(裏ルートでオーソドックスって言うのもなんですが)中国側から
自力でチベット地方へ侵入する方法。
ピックアップトラックなんかをチャーターして移動するらしいです。
かなり成功率が高いらしく、数多くの旅行者がこのルートでチベット入りしているようです。
ただしチベットでそのことがばれれば、罰金プラス国外退去。
それから他のルートとしてはツアーでチベット入りした後、ツアーから離脱する方法。
ネパール側から入って自由に旅行したい場合はこの方法が主流らしいですが、
ビザの問題がいろいろとややこしいのが悩みの種。
ツアーで行く場合、団体に対してビザが発行されるため、ツアーから離脱するためには
個人ビザに切り替える必要があるとかなんとか。
ところがそもそもネパールでは中国の個人ビザが取得できないとかなんとか。
よくわからん。
とにかくビザやらパーミット(入域許可証)やらの問題があって、これも不正が見つかれば
同じように罰金プラス国外退去。
うーむ、めんどくさい。
ただこれらの話も結構前のことなので、現在どうなっているかはちょっとわかりません。
空路だったらチベット入りできるらしいということも聞いたのですが…。
まぁ、この辺はネパールに行って情報を集めてから考えるとしますか。

話が長くなりましたが、その後は中央アジアに行こうと思っているので、
チベットというか中国からそのまま陸路で行けないのであれば、インドのデリーまで
戻ってから空路ということになるわけです。
まぁ、この辺は今後得られる情報次第で変わってくるかもしれません。


というわけで、まずはビザを取らねばなりません。
ミャンマービザは基本的にはバンコクで取得できるとのこと。
これに関しては次回の日記で書くことにしましょう。

ネパールビザに関してはアライバルビザというものが国境到着時に取得できるとの
情報を得たので、問題なしっぽい。

で、問題はインドビザです。
バンコクでインドビザが取れるということを聞いていたので、そのつもりだったのですが、
実は困ったことに。
今年の1月1日からルールが変わって、バンコクのインド大使館で6ヶ月のマルチビザ
(何度でも入出国可能)が取れることは取れるんですが、「一旦インドから出た場合、2ヶ月は
再入国できない」ということになったらしいのです。
ということは。
インドからネパールに出てしまった場合、インドに再入国するまでに少なくとも2ヶ月は
空けなきゃいけないことになります。
さすがにネパールとチベットだけで2ヶ月は必要ない…。
困りました。
と思っていたら、どうやら今は空路でインド入りした場合、到着時に30日間有効の
アライバルビザが取得できるとのこと。
1ヶ月あればなんとかインド回れるかなーと思ったら、なんと60USドルらしい。
た、高い。
今まででの最高値です。
さて、どうしたもんかなぁ。
今、考え中です。


こんなことを考えながら毎日を過ごしているのですが(実際は何もしていないに等しい)、
ここバンコクで再会が続きました。

まずはバンコク2日目のことです。
以前からお気に入りのあんかけ揚げ麺の美味い店で晩飯を食おうとしたところ、
どこかで見た顔が。
半月ほど前にニュージーランドのティアナウという街の宿で出会った札幌人Y君でした。
彼は開口一番、「何でこんなところにいるのー!」
…こっちのセリフだっつーの。
当時、彼はニュージーランドからオーストラリア経由でマレーシアのクアラルンプールに飛び、
そこからタイまでマレー鉄道に乗りたいんだーなんて話をしていました。
短距離ですがボクらも以前に乗ったことがあるので、その時のことやチケットの取り方
なんかを夜遅くまで話し込んでいたのです。
あちこちで降りたりしながら北上したいなーなんて言っていたので、まだバンコクには
いるはずがないのに…。
よくよく聞いてみれば、彼もボクらと同様メルボルン経由だったらしいのですが、
これまた彼もボクらと同様マレーシアからの出国チケットを買いなさいの罠にはめられて、
あえなくその場でクアラルンプールからバンコク行きのチケットを買い、そんなこんなで
あっさりバンコクまで辿り着いてしまったというわけだったのです。
いつか札幌での再会を誓って(って、いつの話よ)、彼とは別れました。
まぁ、まだその辺でうろうろしてるんでしょうけど。

そしてその翌日。
ボクらは昼飯を食おうと、飽きずに同じ店へ向かったところ(というかあまりレパートリーが
ない)、どこかで見た顔が。
旅の始めの頃にベトナムのホイアンで始めて会い、その後10月の半ば頃に偶然再会した
S君ではありませんか。
生きてたのか。
2度目の再会です。
彼とは時々メールのやり取りをしていたのですが、ボクらよりひと月ほど遅れてインドネシアに
辿り着いたあたりまでしか知りませんでした。
彼も世界一周中なので、世界のどこかでまた会おうなんて言っていたのですが、
まさかこんなところで再会するとは。
同じ街にいても何年も会わない人なんていっぱいいるのに、世界を旅している人と別の国で
3回もあうなんてことがあるんですねぇ。
運命でしょうか。
まぁ実際は東南アジアを旅人が回るルートなんてそんなに多くないので、会う確率は
結構高いんですけどね。
S君はこの後ラオス経由で中国入りする準備中という名目の下、実際は毎日ほとんど何も
していないらしいので、その後もちょいちょいいっしょに飯食ったり飲んだりしています。
もうじきお互い別々のルートで旅が始まりますが、彼とはまたそのうちどこかで会いそうですな。
じゃあ、この場で予想。
…『インド』で。
当たったら、誰か何かください。

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